長編小説「15少年物語」（3）
島を離れると風はしだいに強くなり、しけ模様になった。
万洙は真剣な顔つきでかじを取った。成哲は大きい子と一緒に、力いっぱいろをこいだ。白い波頭をまき起こしていたつむじ風が、南西に向きを変えて吹き荒れた。船はいまにも、ひっくりかえりそうだった。
「帆をおろせ」
万洙が泣きだしそうな声でどなった。茂漢が走って行って帆をおろした。風はますます勢いを増して行く手をはばんだ。
「みんな力をだせ、力を」
成哲が励ました。ろをこぐ腕に力をこめたが、船は一向に進まなかった。力モメも羽をばたつかせるだけで、飛べなかった。
時間とともに海はいよいよ荒れた。容赦なくたたきつける波に、船がぐらぐら揺れたが、子どもたちは勇気を失わなかった。
「帆柱を倒すんだ」
万洙が叫ぶと、何人かが駆けて行って帆柱を倒した。女の子と小さい子らは、船べりにすがりつき、不安な顔つきで海をながめていた。船べりにうち寄せる波が、頭の上にしぶきをまき散らした。
「キャッ」
女の子たちはしぶきを避けて飛びのき、小さい子らは身ぶるいした。
「こわがって、やたらに逃げまわったり、あわてて騒ぐんじゃない。そんなことしちゃ、おだぶつだぞ」
万洙が大声を張りあげた。
「お前たち、そんなところでうろうろしてないで、船室におりていろ」
成哲にこう言われて、茂英は明玉とヤムジョン、小さい子らを連れておりて行った。
「エィ、ヤッ」
「エィ、ヤッ」
大きい子らは2組交替で必死にろをこいだ。しかし船はいっこうに進まなかった。そして激しく左右に揺れながら、東北方に押し流されはじめた。船に一番慣れている万洙が、かじを取っていたけれど、風が急角度に向きを変えて横なぐりに吹きつければ、船がひっくりかえって、15人の少年は海のもくずになるだろう。
荒れる海が暗くなりはじめた。船は木の葉のように波にもまれた。いつしかアル島は闇にのまれ、黒々とのたうつ波が目に映るだけだった。ひたいに汗が流れ、腕がちぎれそうだった。だがこらえて、ろをこがなければならなかった。
「おれ、もうがまんできないよ」
達柱が泣き声になって、ろを置いた。
「苦しいからってろを捨てたら、どうなるんだ。
苦しいのはお互いさまだ。生きるか死ぬかの瀬戸ぎわだぞ」
茂漢が目をむいた。
「だけど目がまわるし、吐きけがしてたまらないんだ」
茂漢を上目づかいに見た達柱は、ぶつくさ言いながら船室におりて行った。船酔いと知って、茂漢はなにも言わなかった。
そのとき、もう1人の少年がろを置くなり、海に向かってゲエゲエ吐き、へなへなと座りこんだ。
「お前も酔ったのか。船室へ行って少し寝なよ」
成哲が声をかけた。
「あー胸がむかむかして、おれも吐きそうだ。目がくらくらするよ」
また1人が言った。
「お前もおりて行きな」
その子もふらふらしながら、行ってしまつた。
「みんな行ったら、ろは誰がこぐんだ」
茂漢がにがにがしそうに言った。
「仕方ないさ。吐いたり、目がくらくらするって言うのに、止めるわけにはいかないじゃないか」
「ちぇっ、おれはなんともないと思ってるのか。おれだって吐きそうなんだ」
「それじゃ、お前も休めよ」
しかし、茂漢はいっそう強くろを握って、全身の力をふりしぼった。
明け方になると、雨が降りだした。船は激しくなるばかりの風と波にもまれながら、流されていった。このままでは無事にすまされそうになかった。
「成哲、ちよっと」
かじを取っていた万洙が呼んだ。
「風がおさまりそうにないから、ろをこぐのをやめて、風に押し流されるしかなさそうだ」
万洙はそででひたいをぬぐった。ほんとうは涙をぬぐっているのだと、成哲は気づいた。
「なんて弱音をはくんだ。おれたちが風に負けるっ、てのか」
「仕方がないよ。あの波を見ろ。この調子じゃ、かじがもたないよ。かじがこわれたら、なにもかもおしまいだ」
成哲は答えにつまった。万洙は低い声でつづけた。
「ろであの波を乗りきることはできないよ。船が村の方に向かっていると思うのか。そうじゃない。確かに北へ流されているんだ。もしかじがこわれたり、急に風の向きが変わって船が横向きになったら、沈没するほかないんだ。あの子らだってろをこぎながら、心の中で泣いてるだろう」
万洙はまた、そででまぶたをぬぐった。
成哲は目の前が真っ暗になった。足もとがふらつき、頭ががんがんする。
「大変なことになったなあ」
成哲は泣き声で言った。
「へさきの前に帆柱を横に倒して、そこへ帆を張ろう」
「水の上に帆を張るわけだな。とにかく、いい方法なら早くやってみよう」
「おじいさんから聞いたんだけど、おじいさんがまだ若いころ、遠くへ漁に出かけてひどいしけにあったとき、そうやって助かったそうだ」
「お前、やれるか」
「できそうだ」
「そんならやってみよう。でもなぜ、いままで黙ってたんだ」
「おれ、村に帰ることばかり考えてたんだ」
「茂漢とも相談してみよう」
成哲は茂漢と昌植を呼んで、意見を聞いた。2人も同意した。
「かじは成哲が受けもてよ。おれたちでやってみるから」
万洙は倒れている帆柱から、帆をはずした。昔語りのように聞いたばくぜんとした話なので、はっきりとは思い出せないが、帆柱を船首の水面に倒して帆をとりつけ、船を逆に進ませることだけは確かである。
万洙は自己流でやってみることにし、帆柱のロープをほどいて、帆を柱につけはじめた。
そばで見ていた少年たちも手伝って、帆をゆわえた。
しかし、それを船首に取りつけるのが問題だった。
船腹ならそのままおろせばいいのだが、船首の下にとりつけなければならないのだ。
船首は狭いうえ、船の上で自由に行動できる者は何人もいなかった。しかも荒い波が激しく打ちつけるので、船首で仕事をするのは容易なことでない。
だが、救ってくれる者がいない以上、どこまでも自分たちの力でやるほかなかった。足もとがふらつき、綿のように疲れていたが、子どもたちは必死になって帆柱にとりついた。
徳善だけが、うしろでぐずついていた。
「徳善、なにをしてるんだ。早くそっちの端を持ちあげろ」
茂漢がどなった。
「ちょっと待ってくれ」
口数の少ない徳善は、こう言ってすぐには船首に来ようとしなかった。みな、なにをぐずぐずしているのかと目を怒らせてかれをにらんだ。
ところが、徳善はロープを腰に結んで、片端を船べりに巻きつけてから、船首の一番先に立った。
「そこは危い。山の者は真ん中に立て」
茂漢が場所をあけた。
「おれの心配はするな」
荒波が全身をなぐりつけたが、かれはびくともしなかった。結局一番危険な場所に、万洙と徳善が向かいあって立った。
「さあ、持ちあげよう。1、2、3」
万洙の掛け声で帆柱を持ちあげ、少し押しだした。
「さあ、もう一度。1、2、3」
何度も同じ動作をくりかえして、帆柱を船首の先端まで運んだ。
「さあ、最後だ。帆柱を落とすとき注意するんだぞ。1、2、3」
最後の掛け声につづいて、帆柱がザブンと海面に落ちた。ところが片方の帆は開かなかった。
「船室から、やすを持って来い」
万洙は俊浩が持って来たやすで、帆を広げようとした。危険な船べりのことなので、一歩足を踏みはずせば、荒波にさらわれてしまう。茂漢は万洙の腰をかかえ、昌植は腰ひもをつかんだ。そんな苦心のかいもなく、帆は開かなかった。風は狂ったように吹き荒れた。
「手を放せ」
万洙は2人の手をふり払って、上着を脱ぎ捨てた。
「どうする気なんだ」
驚く茂漢にはかまわず、万洙は逆まく海に飛びこんだ。
「あっ」
息を殺して万洙を見守っていた子どもたちが、同時に叫んだ。みなの視線をあびて万洙が浮きあがったとき、大波が頭上においかぶさった。子どもたちは悲鳴をあげた。万洙はまた浮かびあがって、ロープをつかんだ。そして浮いたり沈んだりしながら、ローブをたよりにとうとう帆を広げた。そしてすばやく船にあがると、はればれとした顔つきで、帆を見おろした。
（芸術）
2020年の記事
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