長編小説「15少年物語」（1）
－この作品は1930年代初、偉大な金日成主席が語った内容を小説化したものである－
1
東の空が白みはじめた。闇につつまれていた空や海、山や村が輪郭をあらわしてきた。
クズにおおわれた岩山の東側の谷はずれにキンヨウルという50戸ばかりの漁村があった。瓦家は一軒も見あたらず、屋根に草の生えたわらぶき家が、ごたごた軒を突きあわせている。おもいおもいの形をした煙突から、朝げの煙が細ぼそと立ちのぼっていた。空には一点の雲もなく、海はないでいた。昼間の焼けつくような暑さとはうって変わって、夜明けの空気は涼しかった。
あちこちの路地から黒い人影がひとつふたつとあらわれては、船着き場に向かって行く。
右肩にやすをかつぎ、左の肩には風呂敷包みをひっかけた学生服姿の金成哲も海岸に向かって足早に歩いていた。14、5歲のすらりとした少年で、ひたいが広く目が涼しい。すじのとおった鼻やかたく結んだ口もとなど、見るからに意志が強そうだつた。
船着き場では、漁師たちが船出の支度に大わらわだった。女たちはいそべで波におし流されてきたワカメを拾つている。
「遅れたのかな」
成哲は向こうに見える帆掛け船に向かって走りだした。
金剛丸では、万洙が掃除をしていた。
「まめだなあ。いつ来たんだい」
「ここで寝たんだよ」
万洙は、ふり向きもせずバケツで海水をくみあげ、雑巾がけをした。成哲も船にあがって掃除にとりかかった。
このとき、がっしりした体つきの少年が、バタバタと駆けて来た。先の2人より1、2歳年上に見える。目がくぼみ、ちょつとまけんきな感じの顔立ちだった。
「やあ、もう来てるのか。1等になってやろうとすっとんで来たんだけど…。結局3等だな」
茂漢というその少年は、船着き場にべたりと座りこんで、せわしく息をした。
「3等じゃない。2等だよ」
「なに、2等？ じゃお前は行かないのか」
万洙の言葉に茂漢は目を丸くした。
「おれが行かないって、とんでもない。おれも行くし、成哲も行くさ。でもお前が2番目に来たことは確かだよ」
「ああそうか。お前、ここで寝たんだな」
「そのとおり。ところで、それ、なんだい」
「これかい。みんな茂英のだよ」
「茂英もアル島へ行くのか」
「あいつ、おれよりも早く起きてはしゃぎまわっていたよ。みんなを起こして来ると言つて、これをおれに押しつけたんだ。あ、来た来た。ほら、明玉とヤムジョンまで一緒だ。厄介なことになったよ」
「連れてってやろうや。そんなに行きたがってるのに」
成哲がこう言ったとき、また一団の子どもが、ガヤガヤ騒ぎながらやつて来た。
「あれはまたなんだ。鼻たれ小僧まで一緒だ」、茂漢は眉をしかめた。
「せっかく来たんだ。あいつらも連れてってやろうや」
バケツで海水をくみあげていた万洙が、腰をのばして言った。
「よせやい。船室がせまいのはまあ我慢できても、あいつらと一緒じゃうるさいよ。岩にすべって転んでもワアワア泣くだろうしさ。第一、鼻たれ小僧と一緒だなんて、恥さらしだよ」
「でも、朝早くごはんを食べて来たのに、追い返せるかよ」
「それは、おれに任せろ。とにかく、きのう約束した者だけが行くことにしよう。でも、女の子たちはどうする」
「あの子たちは大丈夫だよ。たった3人だし」
「じや、チビたちだけ帰そう。おれたちの約束を知りっこないから、約束どおりの準備ができていないって、けちをつけて追い返せばいいんだ」
茂漢は荷をかつぎ直して船にあがった。
「お前のお父さんが貸してくれた船なんだから、好きなようにするさ」と、万洙が答えた。
かれらは以前から、沖のアル島へ行って遊び、カモメの卵なんかを拾って来ようと相談したが、けちな船主が船を貸してくれないので、のびのびになっていた。ところが、金剛丸のかじ取りをしている茂漢の父が、子どもたちにせがまれて、船主の留守に内緒で船を1日貸してくれたのだった。ちょうどその日は日曜日で、船乗りも仕事を休んでいた。
「みんな集まったようだな。じゃ持物がそろったかどうか、検査することにしよう。さあ、一列に並ぶんだ。茂漢、調べろよ」
昨夜隊長に選ばれた成哲が言った。茂漢は列の一番前で本を読んでいる昌植に近づいた。
昌植は手早く背負い袋の口をあけ、かたわらにつり竿を置いた。少しばかりの粟とマッチ、水筒、カモメの卵を入れるわらの網袋など、全部そろっていた。
「島へ行っても本を読む気かい」
「うん。船の中でも読むしね。探険物なんだけど、とても面白いんだよ」
「そうかい。じゃ、みな読んだらおれに貸してくれよ」
茂漢は持物を調べ終えて、言った。「合格だ。乗れ」
昌植は得意そうにみなを見まわし、口笛を吹きながら船に乗った。
茂漢は学生服に学生帽をきちんとかぶり、捕虫網を手にした少年ににっこり笑いかけた。
「薬屋の俊浩も来たんだな。上の村の者はみな、約束どおり持って来ただろうよ」
かれは背負い袋を指先で突っついてみただけで、通そうとした。
「近所にいるからって、えこひいきするのかい。公平に検査しなくちゃ」
下の村の幼い勇日が、文句を言った。
「なんだ。俊浩のは見なくてもわかるんだ。ほら、どうだ、薬まで持って来たじゃないか」
袋の中の物を取りだしていた茂漢が、薬の包みを振ってみせた。
つぎは、古い麦わら帽をかぶったノッポの番だった。尻に両手をあてて気をつけをしたその格好は、道化役者のようだった。
「達柱、お前、腕の折れたかかしにそっくりだな」
茂漢が冷やかすと、爆笑が起きた。
「お前も合格だ。乗れ」
達柱は風呂敷を包みなおすと、つり竿を持ってにこにこしながら船にあがった。
茂漢はボサボサ頭の少年に近づき、「徳善は山家育ちだから、全部そろってなくても大目に見てやらなくちゃな」と言って、片目をつぶった。
「山の者だって馬鹿にするな。これでもみんな持って来たぞ」
徳善は包みをほどいてひとつひとつ取りだし、茂漢の目の前に突きつけた。
「ふーん、四つ手網まである、感心だ。じや乗れ。ゆうべ決めたとおり、日がのぼる前に出発しなくちゃならないから、検査を急ごう。京三も合格だ。乗れ」
茂漢は検査をいいかげんにして、みな船に乗せた。
「おれたちも乗ろう」
勇日が文基と永洙の手を取って歩み板の方に歩きだした。
「おい、ちょつと待て」
「どうしてだい」
茂漢は勇日には答えないで、船上の少年たちを見まわした。
そこへ背負い袋をかつぎ、箱めがねを手にした基昌が、上着のボタンもはめずに息せき切って走って来た。
「こいつ、上の村のつらよごしじゃないか。なんで遅刻したんだ」
「夕べおそくまで箱めがねを作ったんだけど、母さんが朝起こしてくれなかったんだ」
「わかった、わかった。ぐずぐずしてる暇がない。早く乗れ」
つづいて茂英、明玉、ヤムジョンの3人の少女が船に乗った。茂漢は、いかめしい顔つきで小さい子たちに言った。
「お前たちはだめだ」
「どうしてだよ。おれたちもみんな持って来たのに」
「持って来さえすれば、誰でも行けると思ってるのか。最初に相談した者たちだけ行くんだ。お前たち、アル島行きのことを誰から聞いたんだ。そいつをひどい目にあわせてやるからな」
茂漢がすごみをきかせたが、3人は顔色をうかがうだけで、黙りこくっていた。
夕べ勇日は、基昌の家へ遊びに行った。かれの弟と遊ぶつもりだったが、基昌が箱めがねを作っていたので、それを手伝っているうちに、アル島行きのことや持物、集合時間などを知り、仲よしの文基や永洙をさそったのだった。
「よお、ひっぱたかれないうちに帰ろうや」
文基が勇日の脇腹を突っついた。
「せっかく来たのに、帰るなんていやだよ」
勇日がふくれっ面をした。
このとき、掃除をすませた成哲がやって来た。みると3人の身なりや持物はちゃんとそろっている。永洙はきれいに洗った服を着、小さな背負い袋までかついでいた。このまま帰すのはかわいそうだった。
「この子たちも連れて行こう」
「そら見ろ。隊長が連れて行くって言うじゃないか。早く乗ろうや」
「待て」
茂漢が船に駆けあがろうとする勇日の腕をつかんだ。
「なぜだい」
勇日が腕をふりほどいた拍子に、そでがピリッとやぶれた。茂漢は驚いて手を放した。
子どもたちはこのときとばかり、船に飛び乗った。
茂英が勇日に近寄って言った。
「そでがやぶけて悪かったわね。つくろってあげるから、上着をお脱ぎよ」
茂英は慣れた手つきで針に糸を通し、勇日のそでをつくろつた。
「さあ、着てごらん」
勇日はうれしそうにそでを通した。
最後に船にあがった茂漢がそれを見て、にこっとした。
「おれの役目はすんだから、あとは成哲が引き受けろよ。勇日、お前らアル島へ行ってめそめそしたり、勝手に歩きまわっちゃだめだぞ。わかったか」
茂漢が釘をさすと、3人はこっくりうなずいた。
成哲が改めて人員を確かめた。
「大きいのが9人、女の子が3人、そしてチビが3人、合わせて15人だ。目的地はアル島だ」
歓声がドッとあがった。
「出港」
成哲の声が響くと、金剛丸はゆっくりと動きだした。
いつしか東の空に朝焼けが映えはじめた。
青い空と白い雲が紫色にそまり、それがみるみる広がって東の空をあかね色に変えた。やがて金色の陽光がさし、朝日が真っ赤にもえてのぼりはじめた。静かな海面が、金のすなごをまき散らしたように、キラキラ光った。
「わ、朝日がのぼるぞ」
みないっせいに東の空を仰いだ。
荘厳な日の出だった。カモメの群れが銀色の翼をきらめかせて、船の上を飛びかった。
（芸術）
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