長編小説「15少年物語」（13）
茂漢が、けだものとも鳥ともつかない妙な鳴き声に驚いて、目をさましたとき、ほら穴の中は真っ暗だった。飛び起きて手さぐりで出口に出てみると、夜になっていた。空の一方だけがほんのりと明るく、方角はもちろん宵と暁の区別もつかなかった。あたりを見まわしているうちに、空はますます暗くなっていった。
茂漢は急に空腹をおぼえた。目がくらくらし、背すじにあぶら汗が流れた。全身がだるくて、一足も歩けなかった。朝ちょっと食べたきりで、昼も夜も抜かしていたのだ。
なにか食べて元気を出さなくてはと思い、ポケットに手を突っこんでみた。朝取ったキイチゴがあるはずなのに、シカ狩りに夢中になっていたとき落としたらしく、一粒も残っていなかった。
（ここで倒れたら最後だ）
こう思うと急にこわくなった。茂漢は心を引きしめて、あたりを見まわした。目の前の山のふもとに、真っ赤なリンゴの実が鈴なりになっていた。リンゴの木は何本もあった。かれはふらふらと歩きはじめた。しきりに目まいがするのをこらえて、ようやくふもとにたどりついた。にっこり笑って、一番おいしそうなのをつかんだ。それはリンゴでなく、モミジだった。
（なんてざまだ。おれもこれでおしまいなのか）
茂漢は力なく枝をつかんで、ふらつく体を支えた。それはオオサンザシの木で、枝にはアズキ粒くらいの実がいっぱいついていた。茂漢はなんの実かも知らず、手当たりしだいにもぎとってはほおばった。しばらくすると、少し元気が出たが、それでも指一本動かすのもおっくうで、その場にへたばってしまった。
うとうとと眠りかけたとき、近くでオオカミのほえる声がした。びっくりして起きあがり、あたりに目をくばったが、なにも見えなかった。茂漢は息を殺して座っていた。やがてカサコソと音がし、口笛のような声を立てて、けだものが走って行くのが見えた。茂漢は心臓がちぢむ思いだった。
あたりはまた静寂につつまれた。早くほら穴に戻ろうと、かれは気もそぞろに谷間にはいおりた。三度も転びながらほら穴に戻って、はじめて胸をなでおろした。
茂漢は、さっき敷いた枯れ葉の上に横だおしになった。
全身が地の底に引きずりこまれるようで、蚊にさされても追い払う力さえなく、すぐ深い眠りに落ちこんだ。
・・・茂漢は宮殿のような家に寝ていた。天井でドスン と音がし、大蛇が舌をチロチロさせながら壁をつたっておりて来た。びっくりして逃げだそうとすると、大蛇がかま首をもたげて追って来た。走ろうとしても、足が自由に動いてくれなかった。必死の思いで外へ飛びだし、やぶをかき分けて逃げるゆく手に、トラが大きな口をあけてうずくまっていた。トラはウォーッとすさまじいうなり声を立てて、襲いかかってきた。
進退きわまって左右を見やると、片方は海でもう一方は断崖だった。目をつぶってがけ下に飛びおりると、ちょうどうまいぐあいに黒ワシの背中に落ちた。黒ワシは茂漢を乗せて大空を飛んだ。
茂漢は羽につかまって下を見おろした。さっきの大蛇とトラが、岩の上で血みどろになってたたかっていたが、ついに大蛇がトラに巻きついて、海に落ちていった。
痛快なあまりワシに乗っていることも忘れ、両手をあげて万歳を叫んだ。そのとたん自分も地面に落ちてしまった。・・・
夢からさめてみると、あたりはやはり真っ暗だった。 ひたいにじっとりあぶら汗がにじみ出ている。恐ろしい夢からさめてほっとしたものの、二度と寝つかれず、夜が明けるのをいまかいまかと待ちわびた。
やっと東の空が白みはじめた。茂漢は木の葉を払いのけて起きあがり、外に出た。水平線の上に赤い太陽がさしのぼった。小鳥のさえずりが聞こえ、海の上をカモメやオオミズナギドリが飛びかっていた。ぼろぼろになった服に目をやったとき、いまさらながら自分のひどい身なりに驚いた。
きのうの出来事をひとつひとつ思いだしながら腰に手をやると、斧がなかった。シカを追いかけていたときなくしてしまったのだ。
（早く斧を探して、みんなのところに帰らなくちゃ）
かれはすぐそこを発ったが、シカに出あった場所がどの方角かまるっきりわからなかった。かすかに記憶に残っているのは、大きな岩と深い森だけだった。茂漢はあてずっぽうに四方を探しはじめた。
シカがいたところさえ探しだせば、徳善峰もわかりそうなので、けんめいに探したが、見つからなかった。
太陽はいつのまにか、空高くのぼっていた。茂漢は不安にかられた。斧などもう念頭になく、早く仲間を探さなければと気があせった。だが、どうしても行方が分からなかった。
（1人で小屋に戻らなきゃならないのか）
いらいらした気持で谷を渡り、カラマツ林をさまよっていると、遠くの山腹にひるがえる旗が目についた。
「おれたちの旗じゃないか」
目をこすって見直したが、間違いなかった。
「おれたちの旗だ。とうとう助かったぞ。おーい」
茂漢はのどが張り裂けんばかりに仲間を呼びながら、すっとんで行った。もちろんそこまで声が届くはずはなかったが、夢中で叫びつづけた。
一方成哲らは徳善峰で一休みしたあと、また茂漢を探しに行こうとしていた。このとき前方の林から、叫び声が聞こえてきたのだった。
「おーい」
誰かが草むらをかき分けて走って来る。
「茂漢じゃないか」
「うん、茂漢だ」
「茂漢」
「兄ちゃーん」
子どもたちは、息せききって駆けて来る茂漢の方に向かって、走りだした。
前につんのめりそうになりながら走って行く茂英の目には、涙があふれていた。林の中にいたシロギツネが驚いて走りだし、こずえに止まっていた鳥が、バタバ タ飛び立った。
かれらは大きい岩の前で出あった。成哲と茂漢は抱きあって喜んだ。
「いったいどこで、なにをしてたんだ」
成哲は茂漢の肩をこぶしでたたきながら言った。
「すまん。おれのためにどこへも行かなかったんだな」
茂漢は成哲や茂英、そして仲間たちをなつかしそうに見まわしながら、きまり悪そうに笑った。一晩のうちにひどくやつれ、服がぼろぼろになっている。
「すまないなんて、そんなこと言うな。それよりか、どこかで死んだんじゃないかと、ずいぶん心配したよ。 まあ、水でも思いっきり飲め」
昌植が水筒をさしだした。
「この水はどこで…」
茂漢は目を丸くした。
「もう、安心して飲めるのよ。万洙さんが見つけたの」
茂英がまた感動からさめず、目頭をぬぐいながら言った。
「そうだったのか」
茂漢はにこにこして万洙を見た。万洙もにっこり笑った。
「だから結局、みんな見つけたわけだな」
茂漢はだしぬけにこう言って、成哲の方をふり返った。成哲はいぶかしそうな表情で、つぎの言葉を待った。
「おれなあ、ほら穴を見つけたんだよ」
みな手をたたいて喜び、万歳を叫んだ。
「うん、お前ほら穴を探しに行ってたのか」
「こいつ、そんならはじめからそうだと言えばよかったのに」
「茂漢は欲張りだから、仕方ないさ」
「そうとも知らずに、おれたち、お前のことを悪く思ってたんだぜ。ハ.ハハ」
子どもたちは口々に言った。
「茂漢、腹がへっただろう。腹ごしらえをしてから、泉も見、ほら穴へも行こう」
「めしは食わなくてもいいよ。オオサンザシの実を食ったんで、腹がいっぱいだ。ほらね」
茂漢は腹を突きだしてみせた。みな大笑いしたが、それでも茂漢を連れて、旗のひるがえる山腹に登って行った。
「お前、おとといは気を悪くしただろうな」
成哲が微笑を浮かべて言った。だが、茂漢は顔を赤らめて黙っていた。
「もう、水のためけんかすることはないだろうし、ほら穴も見つけたんだから一安心だ。でも、あのときはほんとうにいけなかったよ。しゃくにさわるからって行っちまったら、どうなるんだ。 さいわい、あの怪物や猛獣にあわなかったからよかったけど、1人のときオオカミに出くわしたら、どうするつもりだったんだ。みんなが心配することも考えなくちゃ。茂英がどんなに悲しんで泣いたかしれないよ。おれたち15人が力をあわせて生き抜かなきゃならないのに、なんてことをしたんだ」
成哲の忠告は身にこたえた。
「あのときは、おれが悪かった」
茂漢は蚊の泣くような声で言った。
「二度とそんなことがないようにしよう」
成哲と茂漢は笑顔を見あわせた。一緒に歩いていた子たちも、にっこりした。
「目がすごくへっこんじゃったな。それにその服はなんだ。だいぶ苦労したらしいね」
昌植がにやにやしながらひやかした。
「苦労もしたけど、痛快なこともあったよ。まあおれの話を聞いてみな」
茂漢の2日間の冒険談を聞いて、みな面白がった。とくにほら穴を探しあてたときのことと、シカのようなけだものに出あった話が興味を引いた。そしてそのけだものはなにかといろいろ想像したあげく、トナカイだということでけりがついた。茂漢はじっさいトナカイに出あったのだった。
茂漢は、久しぶりに水を好きなだけ飲みながら、焼き魚を5匹もたいらげた。
少年たちは笑いさざめきながら、泉のある谷間へおりて行った。泉を見て、茂漢はおどりあがって喜んだ。
「今度はおれがほら穴に案内しよう」
茂漢はこう言って立ちあがった。ほら穴への道すじにはかなり高い峠があるので、成哲と徳善、昌植の3人だけが一緒に行くことにした。万洙ら残りの者は全快した病人たちのところへ行き、ほら穴へ移る準備をすることになった。
ほら穴を見た成哲は、決心がつきかねた。ほら穴の発見はうれしいことだが、場所がせまくて、せいぜい4、5人しか住めそうになく、それに泉が遠いし、途中に高い峰まである。
「どうだい、少しせまいけれど、15人くらいは座れると思うよ」
茂漢が2人に言った。
「座れるだけじゃだめだよ。横になれなきゃ」と、徳善が答えた。
「座れば寝ることも出来るさ。こんなほら穴でも、ないよりはましじゃないか」
成哲はなにも言わず迷っていた。
どうしようか。力にあまっても、家を建てるべきじゃなかろうか。しかし茂漢が手放しで喜んでいるのを見ると、いまそれを口にすることはできない。この問題はあとで慎重に話しあってみよう、とかれは思った。
（芸術）
2020年の記事
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