八代目　三笑亭可楽

「ようこそのお運びさまで、相変わらずのおしゃべりで、おひまを頂きますが……」。つまらなそうな顔で、ブツブツとしゃべる高座だった可楽は、決して派手に笑いを取ろうとしなかったが、それでいて固定ファンをかなり持っていた。人生のすいも甘いも噛みしめたような芸は、聞けば聞くほど味があったからであろう。特にミュージシャンにファンが多く、小島正雄、北村英治、フランク永井といった人たちがいた。可楽とジャズに、何か共通点があるのかも知れない。
本名を麹地《きくち》元吉という。明治三十一年一月三日、東京下谷黒門町に、経師屋の長男として生まれる。大正四年、初代三遊亭圓右の門に入って右喜松と名乗った。同七年、三橘と改名する。七代目翁家さん馬（後の八代目桂文治）門下に移って、さん生から翁家馬之助で真打ちになった。まもなく六代目春風亭柳枝門下となってさん枝。同十三年八月に春風亭柳楽と改名する。さらに五代目柳亭左楽門下に変わって、昭和十五年四月に六代目春風亭小柳枝、二十一年五月、八代目可楽を襲名した。
ここまでの経歴を見ても分かるとおり、度々名前や師匠を変えている。いかに不遇だったかが分かろうというものだ。この間に、あの渋い芸が身についたのであろう。戦後、可楽を継いでから、少しずつ認められるようになり、ラジオにも出て、地味ながら花が咲き始めた。六代目春風亭柳橋の身内ということになっていたので、芸術協会に所属していたが、兵隊帰りで会に加入した昔々亭桃太郎が、自分より上にランクされたのを不満として、会を出ようとしたが果たせなかった。
三十九年は、金馬、円歌、百生と、落語家が大勢亡くなった年だが、可楽もその年の八月二十三日に、あの世へ旅立った。六十六歳だった。

うどんや

明治時代に、三代目柳家小さんが、上方から東京へ移したはなしである。上方はうどん、東京はそばが主流とされているので、「そばや」になおしそうなものだが、それをしなかったのは、当時東京でも鍋焼きうどん屋が多くなっていたからであろう。明治に出来た東京落語に「探偵うどん」というのがある。
三代目小さんが得意にしていたこのはなしを、玉井の可楽と呼ばれた七代目可楽が継承していた。その人から、八代目可楽は教わったのである。五代目小さんも得意にしているが、これは玉井の可楽からではなくて、音曲師の柳家小半治から教わったという。いずれにしても、三代目小さんが元であることに変わりはない
酔っぱらいが主役の話だが、五代目小さんに比べると、可楽のはどことなく哀調がただよっている。そして、いかにも寒い晩だなという感じがする。火に手をあぶりながら、炭をつがせるあたりに、それがにじみ出ている。

二番煎じ

これも玉井の可楽から教わったはなしである。玉井の可楽は、このはなしを得意にしていて、三代目三遊亭小圓朝も玉井から教わってやっていた。もとは上方のはなしで、五代目三遊亭圓生が東京へ持ってきた。
上方では、現在も高座にかけられているが、もっとアクの強いやり方である。東京のは、幕末の江戸町内の様子が、見事に描かれている。
町内の連中が集まって「火の用心さっしゃりましょう」といいながら回る。これは江戸に火事が多かったからで、大勢で回るのは、幕末になって治安が乱れたからである。寒い中をただ回っていてもつらいので、町内の連中はこっそり飲む楽しみを考え出した。これを見回る同心（役人）は、番小屋へ立ち寄って、かなりねだりがましいこともした。それらが全部凝縮されている落語である。
可楽がやると、寒さが強調されて、大勢集まっている雰囲気が良く出ている。柄にあったはなしと言えよう。

らくだ

これも元来上方のはなしで、明治時代に三代目柳家小さんが、桂文吾から教わって、舞台を東京に直した。以来東京でも、多くの落語家がやるようになった。
可楽は、三代目小さんの型とは別に、大阪の五代目笑福亭松鶴から直接習った。三代目のが、納棺の時にらくだの毛をカミソリで剃っているのに、可楽のは手でむしり取っているのは、上方の型を踏襲しているからである。
全部やると大変に長いはなしで、たいてい一時間くらいはかかるのだが、可楽はサゲまでやりながら三十分以内で演じている。無駄な言葉を一切省いて、トントンとはなしを運んでしまう。それでいて、このはなしのヤマ場である、屑屋がだんだんに酔ってくるところ、逆にいばり出すところは、ちゃんと酒乱の感じを出していて、省略したようには見えない。このあたりは、可楽でなくては出来ない芸当であった。
「かんかんのう」というのが出てくるが、これは文政年間に全国的に大流行したかんかん踊りのことである。

CD：FOCL530　カセット：FOTL530