加賀鳶

本郷通町木戸前の場

松　蔵	向うの様子を見てくると出かけて行った梅吉が、いまだに帰ってこねえのを、案じて一統押し出すなら、留めやしねえがどじをくみ、屋敷の恥にならねえよう、喧嘩の当人巳之助から、順を正して名乗りかけ、命を限りにやっつけろ。
巳之助	そりゃ頭《かしら》が言わねえでも、もとより命は投げ出しに、今日の喧嘩の纏持ち、どんな火の手で向うからあおってくるかは知らねえが、命限りに叩きあい、体に火がつきぶっ倒れ、戸板に乗って帰れば知らず、押し出すからは一寸でも、あとへは引かねえ相手の巳之助。
尾之吉	その二番手に続いたは、ほんの喧嘩の頭数、なまな奴だと言われるは、百も承知の盲蛇、越ゆるお駕籠の波除けを、望むお手子のそれならで、しかも印の斧琴《よきこと》と、菊に縁ある昼っ子尾之吉。
勇　次	また三番手に続いたは、気性も直な江戸っ子の、野郎も時の道具持ち、今日が出始めときまったら、のぼる梯子の灰吹から蛇の出たような熱を吹く、相手の奴らは皆殺し、背亀の跡の大の字で、人に知られた魁《さきがけ》勇次。
竹五郎	またそのあとの四番手は、ちょうど時候も梅鉢に、喧嘩と聞いちゃァ魁《さきがけ》の気性も兄いの意見から、今まで我慢はしていたが、だん／″＼つのる乱暴に盲長屋の目をつぶり見て見ぬふりもできねえから、こっちァこの世を猿飴の、やるところまではやっつける、ふだんはかがむ雪の竹、刎ね出すからは一本気。とまるを知らねえ虎屋の竹五朗。
石　松	さて五番手に控えたは、広い世間の付き合いに、めり［＃「めり」に傍点］を散らした刷毛先の、違った形の加賀まさかり、屋敷の印を前立に着なす兜の竜頭《たつがしら》
兼五郎	続いてあとは頭数、申さば雑魚のととまじり、向こうが逆手のさかな店《だな》、横に車の喧嘩買い、黙ってこのまま通しては、加賀のお手子の名折れだから、手鍵の光稲妻に雲は屋敷の印物、目にもの見せる働きは、小腕ながらも兼五郎。
音　吉	またその次は気早者、その癇癪もすっぱりと洗い上げたる忍川、水に流していられぬは、相手の奴らが気を揃え、鬼かげにのって来ようとも、危ねえ命の取りやりを、腕に覚えのひとつかみ、きわめのついた妻恋音吉。
房　吉	さて八番手は赤門の、惣身に血の沸くお先者、あとへ下って人ごとに黙っていられぬ生れつき、少しは口を菊坂に、嘘はいわねえ本妙寺、佐渡の御難は知らねえが、祖師のおかげで今日が日まで、無事に助かる数珠玉房吉。
門　次	あとへ続いてかけ出しの、やっと巣立ちの一人者、水鉄砲か無鉄砲、強情っ張りは屋敷風、看板うった御守殿門次。
千代三	さてその次は頭《かしら》出合《であ》いのその中におこがましくも連なるは、くちばしあおき雛雀、しかし相手が熊鷹でも負けぬ気性の湯島の千代三。
勘　次	そのまた次も頭数、親の光の大観音《かんのん》うしろの背負って出てきたからは、頭手合いをうしろ立て、きかぬ気負いの追分勘次。
初五郎	そのまた次は藍染で、紺のはっぴの稲妻から、色もがえんの思いつき、不動を彫ったところから、人に呼ばれた藍染初五郎。
染　吉	さてその次は気早者、強えを相手に清水町、手玉にとって団子坂、誰が丸めてこようとも、あとへは引かねえ根津の染吉。
杉　松	そのまたあとに控えたは、飯より好きな喧嘩好き、取るにたらねえ人足がお先まっくら闇雲に、仲間手合に火をつけて、大きな風を起こしたからは、たとえあおりを食らおうとも、花火を散らして血祭りも、仇名に呼ばるる天狗の杉松。
弥五郎	そのまたあとは喧嘩好き、売られたからはいつ何どき、ところ嫌わず買い込んで、何処でも端を切り通し、男の中の男坂、天神様の祭には一番肩のお神輿弥五郎。
五郎次	この同勢のあと押さえ、見るからけちな小野郎も、喧嘩と聞いて命まで捨てる覚悟で出てきたからは、負けぬ木遣の音頭取り、打ち込む鍵に稲妻の、模様の雲に雷五郎次。
松　蔵	その勢いでやっつけりゃ、兄弟分の梅吉に代わって後詰めの松蔵が、みんなの骨は拾ってやらあ。
鳶　一	頭に代わって親分が、
二	骨を拾ってくんなさりゃ、
三	こっちの強身のうしろ立て、
四	やるところまで、
皆　々	やっつけようか。
巳之助	そんなら一統気を揃え、向こうの木戸からぶっこわせ。
皆　々	合点だ。
	ト　皆々、舞台へ来り上手へ行く。この時上手の木戸潜りの内より、番太郎が木戸をあけて、梅吉腹掛股引半纒、足袋はだしにて出て、大手を広げて皆々の向こうへ立ちふさがり、
梅　吉	コレ／＼、みんな待った／＼。
巳之助	こんたは頭、何でまた。
尾之吉	今更とめ立て、
皆　々	しなさるのだ。
梅　吉	おれを案じててめえ達が、押し出してきた良兼は、悪かァ思わねえたのもしいが、仲人出合《ちゅうにんであ》いの顔を立て、ここは一番引いてくれ。
松　蔵	いいや梅吉、そいつはいけねえ。仲人手合いが出てきても、こうこうなったら引かれねえ。但しゃあ相手におくしたか。
梅　吉	日蔭町の言葉だが、どんな向こうが大敵でも、それに恐れて引くようなまんざらけちなおれじゃねえ。一番二番を初めとして四十八番顔役の頭取手合いが出かけてきて、中へ入って夕方まで、預けてくれとたっての頼み、向こうの相手も承知をして押し出したのを引いたからには、こっちも引かにゃァ仲人の顔役手合いへすまねえわけ。まァともかく引いてくれ。
尾之吉	こっちはこのまま帰っちゃァ、あとにゃ引かねえ加賀鳶の、名折れになるから引かれねえ。
勇　次	それとも頭が組合の、顔役手合いへすまねえなら、知らねえ顔でいて下せえ。
竹五郎	これから喧嘩のまき直し、向こうへ押しかけ叩きあい、
石　松	のるかそるかで真剣の、命のやりとりしねえうちは、
兼五郎	所詮あとへは引かねえから、
巳之助	頭は見ぬ顔
皆　々	して下せえ。
梅　吉	それじゃァおれがこれほどとめても、てめえ達はきかれねえのか。
巳之助	せっかく頭の頼みだが、
石　松	こればっかりゃァ、
皆　々	きかれねえ。
	ト　キッと言う。梅吉思い入れあって、
梅　吉	それじゃァおれを、殺して行け。
巳之助	殺して行けと。
皆　々	言いなさるか。
梅　吉	なんぼしがねえ梅吉でも、斧の印や菊菱の紋が屋敷の看板に、八百八町へ顔が売れ、模様の雲に稲妻の鍵をふり立ててかかろうと、いうのをとめて江戸中の顔役手合いがとめに入り、悪いようにゃァしめえから任せてくれろと頼まれりゃァ、いやとも言えねえ男ずく。息あるうちはてめえ達をここから先へ一寸でも、やられねえからそう思え。
	ト　思い入れ。
松　蔵	なるほど、こりゃァてめえ達も、あとへ引くざァなるめえぞ。
巳之助	そんなら殿《しんがり》すると言って、
尾之吉	いっしょに出てきた松頭も、
勇　次	この剣幕に閉口して、
竹五郎	あとへ引く気に、
皆　々	なんなすったか。
松　蔵	年甲斐もなくてめえ達と一緒になって押し出したが、兄弟分の梅吉がこれほどまでにとめるから、おれも任せて引こうから、てめえ達も引いてくれ。
巳之助	それでもいったん、
皆　々	押し出したを、
松　蔵	おれの言うことが聞かれざァ梅吉同様殺して行け。さもねえうちはやらねえぞ。
	ト　キッと言う。皆々是非なく控える。
梅　吉	さすがは年かさ松兄い、よくとめてくんなすった。
松　蔵	とめるはいいがこいつらが、まだ得心をしねえようだ。
梅　吉	みんなはどうだ、おれを殺して押し出すか、それともこのまま引き返すか、早く返事を聞かせてくれ。
巳之助	頭二人が不承知で、
尾之吉	先へ行くなと言いなさりゃ、
勇　次	仕方がねえとあきらめて、
竹五郎	一同あとへ引きやすが、
石　松	いつまで預けて、
皆　々	おきなさる。
梅　吉	仲人手合いが夕方まで、預けてくれと頼むから、その挨拶を待っていろ。
皆　々	へい。
兼五郎	そんなら今日の夕方まで、
音　吉	預けていったん引くとして、
房　吉	その挨拶の次第により、
門　次	再び人数を集め、
巳之助	頭と一緒に、
皆　々	押し出そうか。
松　蔵	まずそれまでは何事も、二人に任せておくがいいや。
梅　吉	喧嘩はとめ手のあるのが花、今日に限ったことァねえ。まァとにかくも引いてくれ。
皆　々	へい。
松　蔵	じゃァてめえ達、いいんだな。
皆　々	へい。
松　蔵	本当にいいんだな。
皆　々	へい。
松　蔵	一統よけりゃ気を揃え、
梅　吉	並よくならんで……。

盲長屋梅加賀鳶《めくらながやうめがかがとび、めくらながやうめのかがとび》
加賀鳶　天神町梅吉：二代目尾上松緑
　同　　春木町巳之助：二代目中村吉右衛門
　同　　昼ッ子尾之吉：七代目尾上菊五郎
　同　　魁勇次：初代尾上辰之助
　同　　虎屋竹五郎：十代目市川海老蔵（現　團十郎）
　同　　盤石石松：八代目中村福助（現　梅玉）
　同　　金助町兼五郎：二代目中村東蔵
　同　　妻恋音吉：八代目大谷友右衛門
　同　　数珠玉房吉：五代目板東八十助
　同　　御守殿門次：三代目市川右之助
　同　　湯島の千代三：三代目中村橋之助
　同　　追分勘次：二代目市川新車（現　高麗蔵）
　同　　愛染初五郎：二代目尾上松鶴（現　松助）
　同　　根津の染吉：初代市川銀之助（現　團蔵）
　同　　天狗の杉松：四代目市川左團次
　同　　お神輿弥太郎：七代目板東蓑助（現　三津五郎）
　同　　雷五郎次：三代目河原崎権十郎
　同　　日蔭町松蔵：十七代目市村羽左衛門
他

昭和56年10月歌舞伎座

●おことわり
演目名に不適切と思われる用語がつかわれておりますが、永く、広く一般に親しまれてきた古典芸術作品名でありますのでそのまま使用致しました。

Last modified: 2015.12.18 20:09:29

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