魚屋宗五郎
磯部邸玄関先の場
| お 浜 | 酔いがさめたらお詫びをして、早く家へ帰っておくれよ。 |
|---|---|
| 宗五郎 | ただこのままじゃ帰られねえ。もし旦那、わっちの言うのが無理か無理でねえか一番聞いてくんねえ。 |
| ト 生酔いの思い入れにて | |
| 酔って言うんじゃございませんが、妹が殿様のお目にとまり、支度金に二百両下さった時の有難さ、実はうちの雑物を残らず質に入れてしまい…… | |
| ト お浜そんなことを言うなと袂をつかんでとめる | |
| その日に困るそのところへほんのことだが親子四人、磯部様のお蔭だと有難涙にくれました。はははは……、妹の支度をした残りで、質も出しゃ借りも返し、まず盤台から天秤棒、残らず新規に揃えて、魚は芝の活物《いけもの》を安く売るのでじきに売れ、毎日銭が儲かってね、好きな酒をたらふく飲み、何だか心が面白くってね、おやじも笑やぁこいつも笑い、わっちも笑って暮しやした。はははは……。ああ面白かったねぇ。だがね、喜びありゃぁ悲しみと、こっちの屋敷の殿の野郎が、何科もねえ妹をなぶり殺しに殺しやがった。おらぁ口惜しくて／＼こたえられねえ。それゆえ断った酒を飲み、酒の力を借りて言うんじゃねえが、酔ったから来たのだ。殿のデコ助に会わしてくれ。 |
新皿屋舗月雨暈《しんさらやしきつきのあまがさ》
魚屋宗五郎：二代目尾上松緑
女房お浜：七代目尾上梅幸
昭和44年2月歌舞伎座
Last modified: 2015.12.18 20:09:22