桂枝雀落語らいぶ 1

1. 船弁慶
2. 代書

◇らいぶ・うらばなし

船弁慶

衝撃的な高座というのがあります。なにを隠そう、ここに収められているのがその「衝撃的な高座」なのです。
ほとんどマクラなしで始まった高座は、二十七分たった時点で噺の途中であるにもかかわらず突然に終わってしまいます。こんなことは落語以外の芸能では許されません。推理小説なんかを途中でおしまいにしたら読者はお怒りになりますよね。
この「船弁慶」の場合、前半で「弁慶と言われたら割前を取らない」と伏線を張っていることからも、最初は枝雀さんもサゲまで演じるつもりであったと予想されます。ところが雷のお松さんの帰宅のあたりからペースが上がりはじめ、客席の爆笑ボルテージも急上昇。ついでに枝雀さんの血圧も上昇して、難波橋にさしかかったところで突然のお別れを告げました。ちなみに、「レコードで」という切り方は浪曲の故・京山幸枝若師のギャグであります。
この切り方が、全くの突然であったもうひとつの証拠は下座のうろたえぶりです。本来ですと、チョンチョンという柝を入れなければならないのですが、下座も突然のことにうろたえて太鼓をドンドンと入れてしまっています。でも、これは下座を責めるわけにはまいりません。
落語はサゲまで必ず演じるべし…というご意見もごもっともだと思います。でも、お客さまと一緒に噺の世界を創りあげる枝雀さんの場合は、枝雀さんとお客様の気が最高に合ったところでサッと切り上げるのが一番です。そんな見本が、この高座です。
でも、どうしても、この後の展開が気になって夜も寝られない…というおかたのために後半をご紹介しておきましょう。
難波橋へ到着した喜六＆清八のコンビは、中間たちが待っている「河市丸」という屋形船に乗りこみます。船の中で思いっきり飲んだ喜六は、船の上に出て褌一本で踊りはじめました。その時、難波橋へ夕涼みにやって来たのが雷のお松さん。踊りくるっている喜六さんの姿を目撃したからたまりません。怒り心頭に達したお松っつあんは、通い船で「河市丸」に漕ぎ寄せます。突然のお松っつあんの登場に驚いた喜六は驚きながらもお松っつあんを突きとばします。お松っつあん、かわいそうに川の中へドボーン！　川の中にスックとたったお松っつあん、（唄い）そもそもこれは、桓武天皇九代の後胤平知盛幽霊なり…と能の「船弁慶」をはじめます。それを受けて船の上の喜六も（唄い）その時喜六は少しも騒がず…と返したものだから橋の上の見物人たちは「シャレた趣向や」と大喜び。中の一人が「川の中の知盛はんもええけど、船ン中の弁慶はん、弁慶はーん！」とほめたのを耳にした喜六、「清やん。今日の割り前、取らんとおいてや。」

『茶漬えんま』（小佐田定雄作）31:36
下座　三味線：かつら枝代、森垣と実　笛：桂雀司　鳴物：桂米左
平成4年7月16日　大阪サンケイホールにて収録

代書

この噺を聞くたんびに、無性にポン菓子が食べたくなる…という人を知っています。これを専門用語で「条件反射」と申します。
この噺の主人公である松本留五郎さんなる人物は、枝雀落語に登場するキャラクターの中でも人気ナンバー1だと思います。私もいっぺん留五郎さんにお会いしたいと思ってます。でも、一対一のサシでお目にかかるのではなく、できれば留五郎さんと誰かがお話ししているのを、ちょっとはなれたところからソーッとながめていたいのです。
この話を聞いたあと、なにかのときにふと「トーメー」とか「セイネンガッピ」のような留五郎語録が口をついて出るようになることがあります。そうなったら、あなたは立派な枝雀中毒患者なのです。
この「代書」という噺は、枝雀さんの師匠である米朝さんのそのまた師匠にあたる四代目桂米團治師の創った昭和十年代の新作落語です。米團治師は、当時、大阪で代書屋さんをやっていて、そのときの経験談をもとにしてこしらえたのがこの噺だと申します。原作では、年号や金額などもきっちりと言っているのですが、枝雀さんはそういう点をぼやかした上、職業や風俗も入れ換えて、時代を超えた爆笑噺にいたしました。原作者の米團治師も、孫弟子の大胆な改造ぶりに、「どもならんなあ」と天国で苦笑いしておられるのではないかと思います。でも、いくら改造を加えても『代書』という噺のテーマは米團治師の創られたものと寸分ちがっておりません。細部が変化しようと、中心になるテーマは変化しない…これが「古典落語」の条件なのだと思います。

『貧乏神』（小佐田定雄作）29:52
下座　三味線：森キヨ子、森垣と実　笛：桂米輔　鳴物：桂米二
平成4年7月19日　大阪サンケイホールにて収録

解説＝小佐田定雄（落語作家）

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