昔話「口達者な人」

昔話「口達者な人」

昔、ある村に口達者なファンという百姓が住んでいました。
口がどれだけ達者なのか、通りすがりの人たちも歩みを止めてしばらく耳を傾けたとのことです。
夕方になると、ファンさんの家は、子供はもちろん、大人までぎっしりでした。

このうわさがファンという地主の耳にも入りました。
はじめは、なんともなく聞き流したのですが、次第にファンさんの評判が立つので考え直しました。
（ふん、あいつのために話がうまいとほめられていた俺の威信が落ちてしまうかも） 地主はファンさんを一度やっつけてやろうと思いました。

ある日、地主は、ファンさんを呼びつけました。
「ほら、聞いたことだがあんたが嘘をよくつくんだとさ」
ファンさんは（この陰険な奴、難癖をつけやがってるな）と思い、心を引き締めました。
「まあ、旦那さん、私がなんで嘘をつくんですか、ひとこと、ふたこと昔話をしただけですわい」
「こいつ、俺の前でも嘘をつくのか・・・、お前は嘘が朝飯前だと言うが、ほら、俺の前でも一言言ってみな。もし、お前が嘘で俺を３度ごまかすことができるなら、俺の財産の半分をあげるし、そうでなかったら3年間の下男暮らしをさせるぞ。どうか」
「旦那さんがそんなにまでおっしゃるなら・・・。私はただいま沖にマスの群れが押し寄せて、手で拾い上げているとのことを聞いて出たんです。旦那さんは行きませんか。村中が総出です。じゃ、私は急ぐんです」
「何、あいつが・・・」
地主は、網袋を下げて道を急ぐファンさんを呼び止めようとしましたが、すぐ止めました。

しばらくして地主は、下男を先立たせて海辺にあたふたと飛んでいきました。
でも、海辺には、人影ひとつありませんでした。
そのときになってやっと地主は、ファンさんにまんまとやられたことに気づきました。
何日かあと、ファンさんが手鍬が入った袋を下げていくのを地主が呼び止めました。
「おいこら、この旦那さまをまんまと騙すやつがどこにいるか。悪いやつめ」
「それは、旦那さんが騙して見ろというからやっただけですよ」

地主は何もいえませんでした。
「それはそうと、今どこへ急ぐのかな」
「山人参を採りにです」
「何、山人参、どこでだ」
「旦那さんはまだ知らなかったのですか。昨夜天女が大勢雲に乗って降りてきましてね、あの山の谷間に数百年育った山人参をいっぱい植えて天に戻ったんだそうです」
（それで昨夜小雨だったんだな）
頷いた地主は知らぬうちにファンさんにこぼしました。
「本当だろうな」
「嘘だと思ったらキムさんに聞いて見たらどうですか。私は行きます。ぐずぐずしていては、ひとつも採れませんからな」
ファンさんが急いで前の山のほうへかけていくと地主はついていきながら叫びました。
「おーい、こりゃ、その山は俺の山だ、俺の領地だ」

地主も息を切らし切らし谷間に上り、日が暮れるまでさまよいましたが、山人参をひとつも見つけることができませんでした。
（こいつめ、もう二度と騙されない）
ある日、地主が、涼しい風に当たろうと村の裏山の中腹に登ったときです。
山からファンさんが何度も後ろを振り返りながら駆け下りてきました。
ファンさんは地主を見るとあわただしく叫びました。

「トラだ、トラ、あの・・・山からトラが下りてきた」
「何だと、俺が今度もまただまされると思っているのか。こいつめ、俺の財産の半分をぶんどろうとするのか。天下の悪党め。俺を３度騙せなかったから下男になると思え」
（なんだと、この意地悪めをそのまま生かしたらだめだ）
ファンさんは、後ろを振り向いては言いました。
「旦那さん。実は角が大きく出た鹿が現れて、猟銃を借りに降りる途中だったんです。では急ぐもので」
ファンさんは話を終えるが早く、山の下に駆けていきました。
「それはそうだろう。鹿をトラだとだますのか。ふん、とんでもない。とうとうあいつをただで３年間、下男に置くことができたんだ。ふふふ。あいつが来る前に俺が先に鹿をとらえよう」

地主は、これ以上、考える間もなく、鹿を逃すまいと山に駆け上りました。
山を少し登ったとき、突然、大きな唸り声が上がり、トラが地主の前に現れました。
地主は驚いてひっくり返りました。
「オホホ、オホホ、トラ・・・トラ・・・、鹿だと思ったら・・・また騙された」
地主は、度肝を抜かれてぶるぶる震え、口の中でもぐもぐしました。

トラは一度飛び上がると地主を咥えて山の奥に風のように去りました。
その後、ファンさんは、村人とともに一生懸命野良仕事をし、昔話もしながら長生きしたとの事です。

（コンテンツ―本）