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#author("2021-04-04T18:05:21+09:00","default:pop hok","pop hok") #author("2023-05-11T21:18:36+09:00","default:pop hok","pop hok") *短編小説「愛情の海」（2） [#t8bff315] 愛育院の庭に青黒の車が止まり、背がすらりとして細長い顔の壮年の人が鉄棒と平行棒が並んでいる所を見回していました。 市人民委員会にいて、党中央委員会に上がったキム・ウクでした。 ソンリョンが近づいて挨拶するとキム・ウクも笑顔で迎えました。 「愛育院を見に来ました」 そして両手を腰に当てて、愛育院の建物と周りに目をやりました。 「前より愛育院がもっと明るくなりましたね、周りもずっときれいになったし・・・院長があくせくと働いたことがわかります」 ソンリョンは照れ臭そうな顔をして建物の方を眺めました。 「私は別にしたことがありません。副部長が助けてくれなかったら、ここまで進まなかったでしょう・・・」 キム・ウクは首を横に振りました。 「助けてやるのが基本ではありません。その主人が正常管理に励み、もっと便利なものに、文化的なものにつくるのが基本です」 満ち足りた気持ちでキム・ウクは建物のほうへ向かいました。その手には小柄なカメラも持っていました。その後についていきながらソンリョンは、キム・ウクが出し抜けにここに現れたわけを考えてみました。ソンリョンがキム・ウクに初めて会ったのは愛育院の院長に任命された時でした。 「ソンリョンさん、その間、愛育院の院長に適当な人を探して市内の数十個の幼稚園の園長をみな調べてみたんです。ソンリョンさんは祖国解放戦争の時、アメリカ侵略者の空爆で両親をなくしたそうですね。赤ちゃんの時から労働党の配慮で愛育院と遺児学院で育ち、師範大学も優等の成績で卒業しましたし・・・生まれたばかりの時に親に亡くなられたから、遺児の心がどういうものか誰よりもよく知っているはずです。それでソンリョンさんが一番ふさわしいと思いました。力いっぱい押してあげるから親のいない子供たちのために金正日総書記がこれ以上心配しないよう頑張ってみましょう」、こう言って手を取ってくれた人が、当時、副委員長として市人民委員会に勤めていたキム・ウクでした。自分の言った通り、キム・ウクは愛育院のことなら精一杯援助してくれました。 愛育院がここに移ってきた時、建物はおもわしくありませんでした。 住宅に囲まれていて、またとある機関が利用していたものなので、子供たちの寝室はもとより、食堂と風呂場、トイレのどれひとつ、気に入る所がありませんでした。 キム・ウクは有力な建設チームに愛育院の増改築を任せ、自分も率先して励行しました。建設者と寝食を共にしながら、こうしろああしろと要求度も高めました。その結果、みすぼらしかった建物が屋内遊泳場まで揃った立派な愛育院になりました。 キム・ウクは名高い家具工場に注文して、教育室と食堂、寝室ごとに子供の年齢的特性に合うモダンなベッドと食膳、椅子とたんすを一式揃えてあげました。 運動場には滑り台と体操台、鉄棒と平行棒を子供の背に合わせて立ててやり、バスケットボールのバックボードは人工のプラスチックで作った高級なもので製作しました。 その年の6月1日、世界子供の日にあったことは今も忘れられないものとして脳裏に焼きついています。その日、愛育院と道を挟んでいる向こう側の幼稚園では朝から父兄たちが立錐の余地もなく集まって来て賑わっていましたが、愛育院には先生と先生に招かれた何人かの親戚が来ているだけで、なかなか興に乗りませんでした。 時間が経つほど運動会の雰囲気は雲泥の差になりました。ソンリョンはもどかしげに、自ら太鼓を叩いたり、どらを鳴らしたりと雰囲気を盛り上げようと一生懸命でしたが、道の向こうから「わあー」と歓声が上がるたびにがっかりしてしまうのです。ちょうどその時、愛育院の庭に一台の車が入って来ました。ソンリョンは我知らず車の所へ走って行きました。車から降りるキム・ウクを見たとたん、涙がどっとこぼれ落ちました。 「なぜこんなに遅く来たんですか？」&br; 「どうしたんです、院長？何かあったんですか」 その時、また向こう側からわあーと歓声が上がりました。本能的にそこへ目を向けていたキム・ウクはそのとき始めてやきもきしていたソンリョンの気持ちを悟りました。 そして両手でソンリョンの手をぎゅっと握り、自責の念に駆られた声で言いました。 「ごめんなさい、院長に6月1日の朝は必ず来てほしいと言われたんだが・・・自分のことばかり考えて、本当にすみません」 キム・ウクはちょっと待ってくれと言い、またどこかへ行きました。しばらくして人民委員会の人たちをバスにぎっしり乗せて戻ってきました。子供百貨店でおもちゃまでいっぱい買ってきました。ついでその人たちの家族も食べ物を持って訪ねてきました。 となると、事情は打って変わりました。運動会は向こう側の幼稚園よりもっと活気づきました。運動会が終わって帰ろうとしているキム・ウクの手をしっかり握ったソンリョンは心の底から言いました。 「副委員長、ありがとうございます。先ほどはどうもすみませんでした」 キム・ウクは目を潤ませているソンリョンと顔を見合わせることが出来ず、目を伏せてしまいました。 「いいえ、当たり前のことですよ。『なぜ今になって来たのか』・・・最もな批判じゃないですか。人民委員会の人は人民の戸主となり、この子たちの父兄にならなければなりません。ごめんなさい。総書記があんなに可愛がっている子供たちなのに・・・これからもっと気を入れますから」・・・ それはもう5年前のことでした。その次の日は金正恩総書記がチニの名前をつけてくれた意義深い日でした。その後もキム・ウクはたびたび愛育院に足を運びました。 そのキム・ウクが党中央委員会に上がったので、これからはここへ来るのも無理だろうと思っていましたが、今日また訪ねて来たのです。 「確かに私は幹部の資格がありません。私がここへ来てみたのもずっと前のことでしょう？」 愛育院の玄関に入りながらキム・ウクはソンリョンを振り返って見ました。ソンリョンは自己批判からするキム・ウクをいぶかしい目で眺めました。 「今は副部長が他の重要な仕事をしているんじゃありませんか」 笑みを浮かべてソンリョンがこう言うと、キム・ウクはもっと激しく首を振りました。 「違います。子供のことより重要なことはありません。金日成主席と金正日総書記が国の王様に押し立てた子供たちではありませんか。今は金正恩総書記があれほど愛している子供たちなのです。でも私は・・・それを忘れていました」 ソンリョンは胸が熱くなるのを覚え、静かにキム・ウクの後を追いました。キム・ウクは歩みを移しながら自責の念に駆られた声で次のような話をしました。 おとといの朝のことでした。 キム・ウクは事務室で金正恩総書記が今年の新年の辞で示した課題を実行するための対策を考えていました。ちょうどその時、金正恩総書記から電話が掛かってきました。 「あなたたちが作成した書類を見ました。この資料はあなたたちが直接現地に出向いて調べたものですか」 キム・ウクはちょっと緊張しました。自分たちが作成した書類に何か欠点があったのでは、と思ったのです。 「各道の党委員会を通じて調べたものです」 しばらくの間、受話器から何の声も聞こえませんでした。 キム・ウクは間違ったところは何だろうと考えて見ました。 昨年末、東海岸の人民軍部隊に対する視察を終えて帰ってくる途中、ピョンアン南道愛育院の実態を把握した金正恩総書記は、キム・ウクに国中の育児院と愛育院、初等及び中等学院、老人ホームの実態をできるだけ早く、詳しく調べるようにと言いました。キム・ウクが市人民委員会にいた時、その部門を担当したので大体のことは知っているだろうと思ったようでした。 キム・ウクはすぐ管轄の機関を通して資料を集める方法で集計し、それを金正恩総書記に報告しました。資料は何回も確かめたものでした。 ところが、金正恩総書記は厳しい語調で言いました。 「資料が不十分です。一言で言ってこの資料からは愛情が感じられません。数字だけが必要だったらあなたに課題を与えることもないでしょう。あなたたちが現地に出て愛育院の子供たちの明るい瞳を見て、その子供たちの声を直接聞いたならよかったと思います。その子たちが食堂で何を食べ、また何を食べたがっているのか、生活物資はどのように供給されるのか、寝室と風呂場はどうなのか、どんな服を着ていて懐かしんでいるのは何か、困っているのは何か、など詳しいことを知るべきではないでしょうか」 キム・ウクは頭を下げました。実務的な方法で仕事を片付けたことを認めるしかありませんでした。早く報告しなければならないと思っただけで、金正恩総書記の高い志についてあまりにも知らなかったのです。 「ただ今、数字のことを言いましたが、数字にも愛情が感じられるべきです。格言にもありますが、活動家は人々の間で聞こえない声も聞き分ける耳を持つべきです。親のいない子供たちが何を望み、なぜ喜び、なぜ泣くのか、行動と話では表現されなくても生活を通じて見て感じるべきです。育児院と愛育院、初等学院と中等学院、老人ホームの生活条件を抜本から改善しようというのが労働党の意図です」 キム・ウクはその足でピョンヤンを離れました。ウォンサンとハムフン、チョンジンとヘサン、カンゲ、シンイジュへと・・・ 各道の育児院と愛育院を訪れては子供の話を聞き、老人ホームでは年寄りたちと膝を交えて、タバコを勧めたりしました。食堂と倉庫にも入って写真も撮りました。 「国中の育児院と愛育院、老人ホームと学院を全部見たということですね。あ、そう、今回、各道にも魚が供給されたそうですね」&br; 「そうです。みな生きのよい魚がいっぱい供給され、とても喜んでいましたよ。その姿を撮った写真も持ってきました」 キム・ウクとソンリョンはこんな話を交わしながら、まず炊事場に入りました。湯気が立ち込める炊事場で仕事をしていた女性たちが静かに挨拶しました。 「昼食は何を用意しているか見てみましょう」 キム・ウクは調理台の上にある魚を見て口元をほころばしました。 「ここでは一日に魚をどれぐらい食べさせていますか」 すると魚を手入れしていた顔立ちの優しい女性が、「一人当たり200グラムです」と誇らしげに答えました。 キム・ウクは晴れ晴れとした気持ちになりました。離れたところの大きな釜では大豆もやしをゆでていました。 「キムチはどれぐらい漬けましたか」 キム・ウクがソンリョンに聞いてみました。 「来年の春までは十分食べさせることができます」 炊事場から出たキム・ウクは倉庫と寝室、洗面所と教育室を詳しく見ました。その後、子供たちにも会って見ました。 「これぐらいなら結構だと言えますね」&br; 「そうです。金正恩総書記によくお伝えしてください。国の事でとても忙しいでしょう。愛育院のことはもう心配しないように、私たちが全力を尽くしますから」&br; 「ありがとう。あなたたちの心をそのままお伝えしましょう」 キム・ウクは愛育院を離れました。車が愛育院を出てアパートの角を曲がるまでソンリョンはその場に立ち尽くしていました。 金正恩総書記が述べたという話が胸を強く打ちました。 子供たちが何を望み、なぜ喜び、なぜ泣くのか、その行動と話では表現されなくても生活を通じて見て感じるべきだと言ったそうだが、私はヨンチュンがなぜ顔を曇らせ、愛育院を飛び出したかはっきり知らないという思いに駆られました。 ヨンチュンは本当にこの愛育院が気に入らないのかしら、それとも私たちの愛情がまだ足りないのかしら、ソンリョンは静かにため息をつきました。 （文芸作品―その他） RIGHT:'''2021.03.14の記事''' ---- #splitbody(style=padding-right:0px;){{ #split(width=33%) -[[短編小説「愛情の海」（1）]] -[[短編小説「愛情の海」（2）]] #split(width=33%) -[[短編小説「愛情の海」（3）]] -[[短編小説「愛情の海」（4）]] #split(width=33%) -[[短編小説「愛情の海」（5）]] -[[短編小説「愛情の海」（6）]] }} ---- #include(vok_navi01,notitle) //（文芸作品―その他 2021.03.14）
