#author("2020-08-26T19:37:18+09:00","default:pop hok","pop hok")
*長編小説「15少年物語」（4） [#d0122eda]
明け方から降りだした雨はいっこうにやまず、風もたけり狂った。波は荒あらしくうねりながら、船に体あたりした。そのたびにデッキが、滝のような水をかぶり、すさまじいしぶきをあげた。船倉に水がたまりはじめた。
少年たちは、船倉にしまってあった乗組員用の食糧や薪、炊事道具などを船室に移した。水は船べりから容赦なく流れこんだ。
「早く水をくみだすんだ」
成哲が洗面器で水をくみだすと、みなそれにならった。
作業はなまやさしくなかった。船首が波に押しあげられるときは、いっせいにうしろへすべり、船が波の底に落ちこむときは、どっと前へすべった。それでも弱音をはいたり、へたばりこむ者はいなかった。
朝になっても嵐はつづいた。
しけを予知してか、青黒い海原には帆影1つ見あたらず、金剛丸だけが木の葉のように波にもまれていた。 いつ大波にさらわれ、深い海の底に船首を突っこむか、知れたものでなかった。荒波は船を激しく揺さぶり、かみつくようにおそいかかった。
子どもたちはずぶぬれになって、水をくみだした。
「なにか食べようや。船で腹をすかしたら体がもたんよ。それにずっと水をくみださなくちゃならんし」
万洙が言った。
「うん、おれも腹がへったよ。でもこんなに荒れてるのに、食べ物が作れるかな」
成哲の言葉である。
「とにかくあったかい物を食べなきゃ。マッチとまきはぬれないよう船室にしまっておいたから、ごはんがたけるし、汁も作れるよ」&br;
「ごはんだって？米があるのか」
成哲がけげんな顔をして、万洙を見た。
「船倉に穀物が何俵かあるんだ。船の人たちのものだけど、このさい仕方がないさ」&br;
「なにがあるんだい」&br;
「粟と豆、それにジャガイモも少しあるみたいだ」&br;
「だめだよ。他人のものを食べるのはよくない。いよいよとなれば仕方がないけど、まだ力モメの卵もあるし、魚もあるじゃないか。卵だけでも半月はもつはずだ。卵をゆで、魚やワカメで汁を作ればいい。万洙、マッチを大事にしろよ。ぬらしたら大変だ」&br;
「うん、心配するな。さっきみんなのマッチを集めておいたよ」&br;
「それはよかった。いまのところ、水をくみだす仕事しかないから、魚をもっと取ろう。なるべく穀物には手をつけないでな」&br;
「なまぐさい卵と魚ばっかり食べて、水がくみだせるかい」
基昌が腹だたしそうに言った。
「穀物は大事にとっておかなきゃだめだ。なまぐさくって食えないと言うのは、まだ腹がへってない証拠だよ」
成哲がさとすように言った。
「料理はおれに任せろ」
万洙が船室へおりて行った。船室では、船に酔った子らが真ん中に寝ころび、永洙はしゃくりあげていた。
頭を手ぬぐいでしばって横になっているヤムジョンと明玉、座ってべそをかいている茂英や勇日たちは、船が大きく揺れるたびにごろごろ転がった。
「永洙、おなかがすいたろう。いますぐごはんを作ってやるから、泣くんじゃないよ」&br;
「永洙は母ちゃんが恋しくて、さっきからオンマ、 オンマって泣いてるんだよ」
と、勇日が代わって答えた。
「ふーん。だけど母ちゃんが恋しいのは、お前だけじゃないんだ。文基や勇日だってそうだし、ほかの子も同じだ。だから、がまんするんだよ。いくら泣いたって、母ちゃんがやって来るわけないもん」
万洙は今度は女の子たちに聞いた。
「ヤ厶ジョンと明玉も船に酔ったのか」&br;
「さっき、むかむかして吐いたんだけど、苦しくってたまらないわ」
明玉が眉をしかめて言った。
「うん。でもね、むかついても吐いちゃだめだよ。すぐかゆを作ってやるからな」
万洙は船酔いした子には、粟のかゆを作り、ほかの子には、卵をゆでてやることにした。
ところが火をたく場所がなかった。
「けむくてもがまんしろよ。雨と波のため、ほかでは火がたけないんだ」
万洙は釜を2つ持ちこみ、茂英とヤムジョンに手伝ってもらいながら、少しずつ火をたいたが、けむって目があけられなかった。
「お前たち、外で風にあたったらどうだい」
こう言われて、勇日が友達をさそった。
「おれたちも、水をくみだそうや」&br;
「うん、そうしよう」
永洙と文基が立ちあがると、寝ていた達柱も起きあがり、男の子はみな船倉へ行った。
「交替しよう」
勇日が基昌のひしゃくを取った。
「お前たちになにができる。遊んでいてもいいから、ただ、泣かないでくれよ」
徳善が水をくみながら言った。
「ふん、鼻たれ小僧だって馬鹿にしてるんだな」
みなのあいだに割りこんだ勇日は、おしりで徳善の横腹をぐいと押した。そして転びそうになった徳善から洗面器をひったくって、永洙に渡した。
「さあ、これでくみだせ」
大きい子たちは愉快そうに笑い、文基にうつわをやった。徳善も苦笑して場所をゆずった。
ー方、万洙と茂英は目をこすりながら火をたいた。
やがて汁のわく音がした。そのあいだにも船は大揺れに揺れた。
万洙は、水が半分ほど入っている釜を、ブリキ製のかまどに乗せ、かまどを釘で床にうちつけた。それでも船が揺れるたびに、釜が傾いて汁がこぼれた。
そのうちに、2つの釜がぐらぐら煮えたった。もうまきをくベることもなかった。
突然、へさきがぐっともちあがったかと思うと、がけから落ちるように急降下した。
かまどの前にしゃがんでいた万洙が、うしろにひっくりかえり、女の子たちは悲鳴をあげて転んだ。2つの釜が横倒しになって、汁がぶちまかれ、卵は四方に飛び散った。
万洙と茂英は急いで火を消し、ぞうきんで床をふいた。悲鳴を聞いて成哲らが駆けつけてみると、煙に湯気までたちこめて、目もあてられなかった。
「みんなひっくりかえっちゃったのか」
成哲は卵を集めて、1つを割ってみた。
「卵は煮えてるよ。また汁を作るわけにいかんから、 これでがまんしよう」&br;
「うん。波が静まるまでは、卵も生で飲むことにしようよ」
万洙が答えた。
「ゆでても生ぐさいのに、生で飲めるもんか」
基昌が不服そうに言った。
「お前、まだ腹がへってないんだな。3日も飢えてみろ。生ぐさいどころの騒ぎじゃないぞ」
徳善が基昌にくってかかった。
「いいからみんな座れよ。船ではなんでも食べなくちゃっだめだ。船酔いしても食べなくちゃならないんだ。おなかがふくれていてこそ力が出るし、波にも勝てるのさ」
成哲は、ゆで卵を洗面器に入れて、前にさしだした。
「勇日たちも連れて来なくちゃ」
茂英が誰にともなく言った。
「おれが交替してやるよ」
成哲が出て行くと、入れかわりに勇日たちが入って来た。みな車座になったが、明玉と基昌は卵に手をつけなかった。
「無理にでも食べろよ。1時間かかってもいいし、2時間かかってもいいから食べるんだ。そして吐き気がしてもがまんするんだよ。一度吐くとくせになるからな」
と、万洙が言った。
基昌は卵のからをむきはじめた。万洙と茂漢、徳善は4つも食べ、何人かは3つ、基昌は2つ食べた。達柱はむかつくのをこらえてやっと1つ食べた。
茂英があんまりすすめるので、明玉は無理に起きあがった。
「食べるのよ。食べないとだめだってのに」
茂英がからをむいてやったが、明玉はしきりに吐き気をもよおした。
「あたしもう、がまんできない。どこでもいいから、いますぐ船からおりたいわ」
明玉は卵を置いて、また横になった。
「あんた、ここがどこだと思ってるの。海の上よ」
茂英はあきれて明玉の顔を見た。
ひどく揺れる船の中では、休みなく流れこむ水をくみだす作業に劣らず、食事をとるのも苦しいたたかいだった。
風はあいかわらず狂ったようにほえたて、波は山のようにうねった。15人の少年は羽をもぎとられた小鳥にも似ていた。
（おれたちは、このまま死んじゃうんじゃないのか）
成哲は不安にかられた。こんな海の中で死ぬなんて。
（いや生きなくちゃ。どんなことがあっても生きぬくんだ）
しかし、この嵐にどう勝てるというのだろうか。
激しい風波の中で、また1日が暮れ、夜が更けた。 少年たちは2組に分かれて、交替で水をくみだした。休むあいだは船室に寝そべったり、船べりにもたれたりしていたが、一睡もできなかった。死の恐怖にとりつかれ、風に吹きまくられている船の上で、どう眠れよう。
夜が深まると、黒雲が空をおおい大粒の雨を降らせた。風は少しも衰えず、波はますます大きくうねった。
船は夕方よりも速く、どんどん押し流されて行った。
さいわい船首につけた帆のおかげで、難破はまぬがれた。波は船をもてあそび、子どもたちをいじめつづけた。
みなへとへとになった。意地の悪い風はなおも吹きつづけた。
「明け方には風がやむだろうか」
せっせと水をくみだしていた茂漢が、万洙を見やって力なく言った。万洙にもわかるはずがないのに、つ いロをついて出たのだ。
「さあ、やんでくれるとありがたいんだけど、海では嵐が何日もつづくっていうからどうかな。おれのおじいさんも夏の終わりごろ、ひどいしけにあって、死ぬところだったそうだよ」&br;
「そのときは、風が何日つづいたんだ」&br;
「まる5日も吹いたんだって。海では嵐ほどこわいものはないからな」&br;
「東海のはてまで流されたのか」&br;
「まさか、はてまでは行かなかったろうよ」&br;
「帰るのに何日かかったんだろう」&br;
「半月かかったんだって」&br;
「半月？おれたちもそうなったら、大変じゃないか」
徳善は目を丸くした。
「だから水ばっかりくみだしていないで、海をよく見張るんだ。汽船が通るかもしれないからな。朝になったら旗を作ろう。
汽船を見つけたら旗を振るんだ。遭難した船は、どこの国の船でも助けることになってるそうだ」
と、茂漢がみなの顔を見まわした。
「朝まで待つことないよ。いますぐ作ろう」
達柱がこう言って、船室へ下りて行った。
「汽船にあえなかったら、どうするんだ」
心配する京三に、徳善がぶっきらぼうに答えた。
「どうするって、流されるしかないさ」&br;
「暗礁にぶつかったら大変だぞ」
これには徳善も答えられず、目をパチパチさせた。
「暗礁はないと思うよ。おれたち、深い海の上に浮かんでるんだからな」
昌植の言葉に、みなしょげこんでしまつた。
（芸術）
RIGHT:'''2020年の記事'''
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//（芸術 2020.08.01）
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