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ある山里にチョンドンというひとり者の下男が住んでいました。
かれは絵を描くのが好きでしたが、貧しくて筆が買えませんでした。それで柴刈りや魚釣りに行っては、棒切れで地面や砂場に絵を描いていました。
こうして3年の間、熱心に腕をみがいたかいがあって、かれの描いた鳥や魚の絵はあたかも生きたほんもののようでした。
それで村人たちは、かれのところへ紙を持ってきては絵を描いてくれと頼みました。しかし、かれには筆がなかったので、絵を描いてやれませんでした。
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「筆があったらなあ」
チョンドンは筆が欲しくてたまりませんでした。
そんなある日、山へ柴刈りに行ったかれは、木にもたれて休んでいるうちに、いつのまにか眠ってしまいました。夢の中で雲がわき起こり、幼いころ死に別れたなつかしい母が現れました。
「チョンドン！ 何をそんなに心配しているの」
「母さん、村人に絵を描いてあげたいのですが、筆がないのです」
「それは感心ね。しばらく待っておくれ」
こう言って姿を消した母は、まもなく筆を持ってきました。
「さあ、これ」
母は金色の筆をさし出しました。
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「やー、筆だ」
チョンドンは歓声をあげました。その拍子に夢がさめ、母の姿も消えてしまいました。がっかりして手を見おろしたチョンドンは、目を見張りました。なんと夢に見た金色の筆があるのです。
「母さん、ありがとう」
あの世でも自分を思ってくれる母がありがたくて、チョンドンは目がしらが熱くなりました。
村に帰ったチョンドンは村人に頼まれた絵を描きました。最初は隣のおじさんのために、青い鳥を描きました。すると青い鳥は羽ばたきをして庭先へ飛び立ちました。
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つぎはツルを描きましたが、筆をおくがはやいか空に飛び立って、屋根の上で舞いました。
そのとき、中二階で寝そべっていた地主がその光景を目にして、おりてきました。地主は下男部屋をのぞいて、チョンドンの筆先から鳥が飛び立ったことを知りました。
（下男のくせに、あんな宝をもっているとはけしからん）
地主の胸に、よこしまな考えがむらむらと起こりました。
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「こら、筆をどこで手に入れた。こっちへよこせ！」
地主は部屋の中へ入ってわめきました。
「いやです。これはお母さんがくれたんです」
チョンドンは奪われまいと筆をしっかり握りました。
「ウソつけ！死んだ母がどうやって筆をくれるのだ」
地主はやにわに筆を取り上げようとしました。チョンドンは部屋から飛び出しました。
「待て！」
地主はものすごい見幕で追いかけてきます。チョンドンは村外れの道を必死に走りました。息をはずませていた地主は、馬にまたがって追いついてきました。
チョンドンはすばやく金色の馬を描きました。
「ヒヒーン」
金色の馬は高くいななくと口から火を、耳から煙を吐き出しました。チョンドンはひらりと馬にまたがって駆けました。
「待て！…」
地主はチョンドンを追いながら怒鳴りました。チョンドンは矢を描いてそれを放ちました。
「ヒューン」
額に矢が突きささった地主は、悲鳴をあげて馬から落ちると、その場にのびてしまいました。山を越え、川を渡った金色の馬は、貧しい農家が軒をつらねている村に立ち止まりました。
農民は牛やすきがないので鍬で畑を耕し、子どもたちは服がないので部屋の中にとじこもっています。それに、かまどの煙も立ちのぼっておりません。
チョンドンは気の毒な村人たちのために、筆を取り出すと絵を描きました。
牛のない家には雄牛を、すきのない家にはすきを、米の切れた家には米びつを描いてあげました。するとそれらは本物の牛やすき、米に変わったのです。子どもたちは服を着て明りの下で勉強をし、家々には笑い声や歌声があふれるようになりました。村人たちはチョンドンに心からお礼を述べました。
ところである日、村に立ち寄った行商人が、そのうわさを広めました。うわさはついに欲の深い王さまの耳にも入りました。
「チョンドンを捕らえてこい」
王さまの命令でチョンドンは宮殿に引き立てられました。
「うわさによれば、お前は動く絵を描くそうだが、どれ、ここでひとつ描いてみせろ」
王さまが言いました。
チョンドンは筆を取ってガマを描きました。すると、うす気味の悪いガマが背のびをし、王さまの方にのそりのそりと歩いていきました。王さまは顔をしかめて叫びました。
「あの不届き者を牢屋にぶちこめ」
臣下が駆け寄って筆を取り上げ、チョンドンを牢屋に入れてしまいました。
金色の筆を手に入れた王さまは、ひげをなでながら何を描こうか、としばらく考えていました。
「うーむ、世の中でもっとも尊いものは金じゃ。金塊を描くとしよう」
王さまはどんぶりほどもある金の塊を描きました。ところがどうしたわけか、それは石になってころころところがって、王さまの足に当たりました。
「これはきっと、絵がうまく描けなかったからにちがいない。それなら今度は、やさしいのを描くとしよう。そうだ、木がいい」
足をもみながら王さまはつぶやきました。
王さまはくねくねと曲がった木を描きました。するとそれはヘビになり、赤い舌をペロペロと動かしながら王さまにかみつこうとしました。
「ひゃー」
びっくりした王さまは、体をひるがえして逃げ出しました。三日も熱にうなされた王さまは、チョンドンを呼び出すと筆を返し、ネコなで声で言いました。
「わしの言うことをよく聞けば、宮殿でぜいたくに暮らせるようにしてやる。湖を描くのだ」
「どんな湖ですか」
「湖のほとりに柳が茂り、清い水をたたえた湖を描くのじゃ」
チョンドンは霧の立ちこめた広い湖を描きました。王さまは満足そうにひげをなでおろしました。
「魚がなくちゃものたりん。魚も描くのだ」
チョンドンは筆を取って湖にいくつも点を打ちました。するとそれは魚の群れになって、湖の中で泳ぎまわりました。
王さまはまた、満足そうにひげをなでおろしました。
「湖を見たら船遊びがしたくなった。湖に船を浮かべるのだ」
チョンドンが筆をふるうと湖に船が浮かびました。船にのって船遊びをしていた王さまは、また言い出しました。
「波が立たないので興がわかん。船がゆれるようにせよ」
チョンドンが筆を振りまわすと湖にさざ波が立ちました。
「波がおだやかでおもしろくない。もう少し波を高くするのだ」
そこでチョンドンは勢いよく筆を振りまわしました。すると山のような波が立ちました。そして荒波に枯れ葉のようにゆれていた船は、とうとう王さまもろともに湖の底に沈んでしまったのです。
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チョンドンは金色の馬にまたがって村に帰り、勤勉な村人たちと一緒に仲良く暮らしました。
（コンテンツ―本）
