#author("2020-11-04T21:09:28+09:00","default:pop hok","pop hok")
#author("2020-11-04T21:41:42+09:00","default:pop hok","pop hok")
*長編小説「15少年物語」(26) [#y1bed965]
夜がだいぶ更けた。

ひとしきり勉強に油がのっていたころ、急に家が揺れ、台所の戸がガタガタ音をたてた。子どもたちはびっくりして、耳をそばだてた。

「地震かな」

昌植の言葉に、みな顔を見あわせた。また家が摇れ、台所の戸が激しい音をたてた。

みな息を殺して台所の方を見た。地震なら部屋の戸もガ夕ガ夕するはずなのに、それはなんともないのだ。

「けだものじゃないのか」

万洙が低い声で言った。

「きっと、あの怪物がやって来たんだ」

京三は泣き顔になって部屋の隅へはって行った。台所の戸がつづけざまにがたつき、壁がゆさゆさと摇れた。誰も戸をあけてみる勇気がなかった。

思い切って窓の戸をあけて、外をのぞいた成哲は、あやうく悲鳴をあげそうになった。

ウシほどもある大きなけだものが、口で台所の戸を押していたのだ。外から引っ張ってあける戸でなかったら、大変なことになっただろう。

「白いウシみたいなけものだ。なんだろうか」

成哲は大きく目を見開いて言った。

「白いウシ?この島にウシなんかいないはずだけど・・・」
「白いウシ? この島にウシなんかいないはずだけど・・・」

昌植と万洙が窓に近づいた。そのあいだも家は揺れつづけ、台所の戸はガタガタ音をたてた。早く手をうたなければ台所の戸がこわれるか、家が倒れてしまいそうだった。

「クマだ、クマ」

昌植が叫ぶなりバタンと窓をしめた。その顔が恐怖にひきつっていた。泣きだす永洙の口を、明玉が手でふさいだ。

「泣き声をたてたら、クマに食べられちゃうわよ」

永洙は声も立てられないで、しくしく泣いた。ほかの子らも隅っこでちぢみあがっていた。

「槍で突き刺そう。おれがやってみる。のどを突けばのびるだろうよ」

万洙が腕をたくしあげて、槍をつかんだ。

「槍でクマを突き刺すんだって?冗談じゃない」
「槍でクマを突き刺すんだって? 冗談じゃない」

成哲が万洙の腕をつかんで座らせた。台所の戸は相かわらず激しく音をたてており、壁も揺れ動いた。戸が開いてクマが台所に飛びこむか、壁が崩れたら、みなクマのえじきになってしまう。・・・
「クマに食われるのをじっと待つなんて、馬鹿らしい話だ。おれたち力をあわせてたたかおう。どうせ死ぬんなら、たたかって死のうよ」

成哲は低いが力のこもった声で言った。

「でも、斧や槍や弓だけで、どうたたかうんだ」

昌植が困ったような顔をして言った。

「こうしよう。クマは毛深いから、火をこわがるはずだ。だからたいまつをたくさん作って、いっぺんに飛びかかろう。毛に火さえつけばしめたものだ」&br;
「うん、それがいい」

成哲の言葉に万洙が同意した。

「じゃ、早くたいまつを作ろう」

少年たちは台所のたきぎでたいまつを5本作り、オットセイのあぶらを塗った。小さい子と女の子は部屋に残し、5人がたいまつを分けて持った。

そんなことは知らないで、シロクマはしきりに頭で戸を突いたり、壁に体をぶっつけたりしていた。

徳善が戸をあけることにし、残りの4人は両側にひかえた。台所の戸はますます大きな音をたてた。

徳善が仲間に目くばせしてかんぬきをはずし、力まかせに戸をけった。5本のたいまつがさっと暗闇を照らした。

虚をつかれたシロクマは、頭をのけぞらせて飛びあがった。そのとたん少年たちはたいまつをクマの前に突きつけた。クマは仰天してきびすをかえし、一目散に逃げた。

少年たちはときの声をあげ、たいまつを振りながら追って行った。あごひげに火がついたのかあわてふためいたクマは、あっというまに丘を越えて、森の中へ逃げこんでしまった。

翌朝早くから子どもたちはクマの足跡を探した。

「おーい。ここに足跡があるぞ」

昌植が叫んだ。

「おやっ、前に見た足跡と同じじゃないか」

クマの足跡に自分の足をあわせてみて、万洙は目を見張った。

「だからあれは怪物なんかじゃなくて、クマの足跡だったんだな」

成哲がこう言って、ゆうべシロクマが逃げた方向をたどって行くと、同じ足跡がたくさんついていた。

長いあいだのなぞは解けたが、子どもたちの恐怖心はつのった。シロクマがいまにも仕返しをしに来そうで、びくびくしながら森をながめた。

「結局島の主はシロクマだったんだな。だからここはシロクマ島ってわけか」

成哲は森に目を向けたまま、つぶやくように言った。

「シロクマ島とはよかったな」

昌植が相づちをうった。

「でもシロクマは北極に住む動物だのに、どうしてこんなところにいるんだろう」

俊浩が眉をひそめて言うと、「北極のクマは、氷のかたまりに乗って遠くへ旅をするそうだ。冬眠をしないっていうから、やっかいなことになったよ」と、昌植が顔をくもらせた。

「だけどあいつ、おれたちがいるのがよくわかったもんだな」&br;
「クマはね、においをよくかぎつけるんだってさ。引っ越し祝いで、2日間も肉や魚の料理を作ったんだから、そのにおいをかいで来たんだろうよ」

徳善の言葉に、みなうなずいた。

CENTER:*   *   *

怪物が恐ろしくて、渡り鳥をつかまえる計画を中止していたが、その正体がシロクマであり、それも火を恐れるということがわかったので、さっそくその晩から、また鳥をつかまえることにした。

少年たちは、その夜たくさんのたいまつを作って森に出かけ、夜明けにはずしりと重い鳥かごを持って、丸太小屋に戻った。前の鳥まであわせると52羽になった。のどと胸はこがね色で、腹は白く、翼に白のまだらがあるキビタキをはじめ、赤、青、黄、白といろいろの色が入りまじったもの、口ばしの長いものや短いもの、大きい鳥や小さい鳥など、種類はまちまちだった。

子どもたちは鳥の品定めをしたり、鳴き声をまねてみたりしてはしゃいだ。

「弱ったな。渡り鳥かどうかわからないのがずいぶんあるよ」

はじめて見る鳥が多すぎるので、俊浩は心配した。

「かまわないよ。渡り鳥らしいものだけ、手紙をつけて放すのだ。見物はもうそのくらいにして、手紙を送ることにしよう。俊浩は鳥をより分けろよ。昌植、手紙の下書きはできただろうな」

昌植がポケットから取りだした紙切れには、こう書かれてあった。

「朝鮮のキンヨウル村の少年たちは、7月4日から西南の風に吹き流されて、25日目にどこかの無人島につきました。ぼくたちは、救いの手を一日千秋の思いで待ちわびています。島の目じるしとしてのろしをあげ、いつも炎と煙をたちのぼらせています。世界中のやさしい人たちが、きっとぼくたちを救ってくださるものと信じています。金成哲ほか9人」&br;
「どうだ。下書きに意見があったら言ってみな」

成哲がたずねた。反対意見はなく、みなうまく書けているから、さっそく清書して送ろうと口ぐちに答えた。成哲は肩をひそめて言った。

「金成哲ほか9人てのはなんだ。ほら穴にいる子たちは、置いてきぼりにする気なのか」&br;
「あいつらは抜いた方がいいよ。手紙を出したけりゃ、自分たちで出せばいいんだ。おれたちを友達だなんて、思ってもいやしないんだから」

俊浩が口をとがらせて言った。

「向こうはどう思っても、おれたちがそう考えるのはよくないよ」&br;
「お前はあいつらの根性を知らないんだ。このあいだ、おれたちが行ったときだってどうだ。人を馬鹿にしやがって」&br;
「そんなら、もし助け船が来たら、おれたちだけで帰れると思うのか。なあ、そんなふうに考えるのはよくないよ」

みな黙りこんだ。

「万洙はどう思う」&br;
「おれも俊浩と同じ考えだったけど、やっぱりお前の言うとおり、一緒に帰るのがほんとうだ」&br;
「ほかに意見はないだろうな」

みな黙ってうなずいた。かれらは手紙の人数を書き直し、徹夜で鳥の足に手紙をつけた。

翌日の朝早く、子どもたちは丸太小屋の前に集まった。

「じゃ、鳥を飛ばすことにしよう。俊浩が先にやれよ」

俊浩は鳥かごをのぞきこんで、人間に言って聞かせるように話しかけた。

「かわいい鳥よ。どうか無事に海を渡って、あたたかい南の国へ行っておいで。人がたくさん住んでいるにぎやかなところへ飛んで行って、情深い人たちに手紙をとどけるんだぞ」

鳥どもは承知したというふうに目をくりくりさせて、少年たちを見まわした。

俊浩は鳥かごをあけて、力の強そうな美しいコオバシギを取りだした。たった1羽しかない鳥である。

「さあ、お前が先頭に立つんだ。成功を祈るぞ」

俊浩は鳥を手のひらに乗せた。鳥はかれの顔を覚えておこうとでもするように、じっと見つめていたが、羽を広げて飛び立ち、南の空の雲間に向けて遠ざかって行った。

「さあ、ほかの鳥も飛ばそう」

俊浩がふり向いて言った。多くの鳥がいっせいに放たれた。あるものは先頭の鳥を追い抜く勢いで、雲のかなたに姿を消し、あるものは仲間を誘うつもりか、山の方へ飛んで行った。

みな最後の鳥が見えなくなるまで、そこに立っていた。

少年たちはその後も毎晩鳥をつかまえて来て、手紙をゆわえて飛ばした。全部で3百羽にはなるだろう。

今度はのろし台を作ることになり、みなそろって徳善峰に向かった。頂上から四方を見渡すと、東と南、北側は見通しがきいたが、西側の海はよく見えなかった。

「ちょっと待ってろよ。あっちの峰を見て来るから」&br;
「1人で行くことはないさ。みんな一緒に行こう」

こうして、みな隣の峰に足を向けた。

先に登った徳善が何か大声で叫びながら、早く来いと手招きした。

「どうしたんだー。けものがいるのかー」

京三が好奇心にかられて叫んだ。

「違うよー。りっぱなのろし台があるんだ」

急いで登ってみると、見晴らしのいい頂上に、石でのろし台が築いてあった。大人が5、6人でやっと動かせそうな、大きな平たい石をいくつも並べ、その上にだんだん小さい石を積みあげてあった。子どもの力ではとうてい作れそうにない、りっぱなものだった。

石がすすけ、燃えさしの木もあった。確かに以前のろしをあげた跡である。

「誰が作ったんだろう。原住民がのろしをあげたのかな」&br;
「原住民なら、のろしをあげるわけがないじゃないか」&br;
「じゃ誰があげたんだ」

みな黙りこんでしまった。

「おれたちみたいに難破した人たちが、助け船を呼ぶためにあげたんじゃないかな」

しばらくして成哲が言った。

「きっとそうだ。嵐にあって島に流れつき、ここにのろし台を作ったんだ」

昌植が目を輝かせてうなずいた。

「その人たちはどうなったのかな」

徳善が聞いた。

「そりゃ、助け船で帰ったにきまってるさ」

昌植はのろし台を見ながら話しつづけた。

「おれたちも、きっと帰れるよ。その人たちは世界中に手紙を出さないでも、助かっただろうからな。だから、おれたちが大人より頭をはたらかせたわけだな。エへン」

京三が、うれしくなって踊りだしたので、みな大笑いした。

成哲にも、自分たちの思いつきがすばらしいことのように思われ、のろし台の上に立った。

「のろし台はほかに作らないで、これをそのまま使ったらどうだろう。場所もいいし、台もりっぱなものだ」

もちろんみな賛成だった。

「じゃ、のろしをあげることにしよう」

少年たちは倒木を引っ張って来たり、木の枝や枯れ草をかき集めて来たりした。

誰かが「なつかしい古里」をうたいだした。それはやがて力強い合唱になって山にこだまし、海にひびいていった。

昌植が作った2節目の歌詞である。

>なつかしいふるさと 日がのぼる国&br;
お日さまについて行こうかしら&br;
遠い遠いわがふるさと&br;
鳥よ便りを伝えておくれ

このとき、茂英が山菜のかごをかかえて、ひょっこりあらわれた。

「あら、久しぶりね」

明玉とヤムジョンが駆け寄って、手を取った。

「みんなで、なにしに来たの」

明玉がひそひそと答えた。

「あんたも一緒に、のろしをあげましょうよ」

成哲も誘ったので、茂英は2人に手を引かれるままに、ついて行った。

明玉とヤムジョンが、ゆうべきれいに洗った服を着こんだ少年たちは、枯れ木をどんどん運んで来て、のろし台の上に積みあげた。

みなおごそかな顔をして、のろし台をとりかこんだ。

万洙がたきつけの前にマッチを置いた。

「万洙、火をつけろよ」

成哲が言ったが、万洙はかぶりを振った。

「世界中の人に知らせるのろしだから、隊長がつけなくちゃ」&br;
「そうだとも、隊長がつけるベきだよ」

昌植が成哲の肩を押した。

成哲は微笑してマッチ箱を取った。母の面影やキンヨウルの情景が浮かび、海の方へ目をやった。

静かにマッチをすって、たきつけにあてると、火はみるみる枯れ木に燃え移った。やがてのろし台からは、少年たちの願いをこめて、真っ赤な炎が黒い煙を吐きながら、空高く燃えあがった。

みな希望にみちたまなざしで、のろしを見つめた。

子どもたちは、煙よ、空高くのぼって地球をめぐれ、そして世界中の人がそれを見てすぐ船を送ってくれ、と願った。

「これからはどんなことがあっても、のろしを消さないようにしよう。火さえ燃えていれば、船はきっと助けに来るし、消えてしまったら、家に帰れないんだ」

成哲は力をこめて言った。

「当番を決めて毎日来てみようよ。あしたはおれがやるから」

昌植が言うと、みな賛成した。

勇日が一口言った。

「来てみるだけじゃだめだよ。まきをいっぱい積んで、火が消えないようにしなくちゃ。それに当番はたきぎも取るんだ」&br;
「あたりまえさ。お前はただ来てみるだけだと思ってるのか」

俊浩はこうやりこめたかったが、思い直して言った。

「勇日の言うとおりだ。当番は火が消えないようにしなくちゃな」

(芸術、文芸作品―その他)

RIGHT:'''2020年の記事'''
#br
----
#include(boys_navi,notitle)
----
#include(vok_navi01,notitle)
//(文芸作品―その他 2020.10.31)

トップ   編集 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS