鳴らなかった鐘

名作童話の絵本「鳴らなかった鐘」

昔、ある村で窃盗事件が起きたので、官庁は大騒ぎでした。

王宮に奉納する高価な貢物が盗まれたのです。

王宮から雷が落ちると慌てふためいた村の首長は必ず泥棒を捕まえて見せるとたんかを切りました。

村中は文字通りの修羅場と化しました。

いささかでも疑わしいと思われる人は頭ごなしに官庁に連れて行かれました。

逮捕された無辜の人たちの中には、クェドンという少年の父親もいました。

クェドンは物を盗むのは貧しい人たちに限るとして、生活が苦しい人たちを苛めるリャンバンの輩が憎たらしくてたまりませんでした。

（どうすれば早く泥棒を捕まえてお父さんを救い出せるだろうか）

泥棒が捕まらないと俺の首が危ない、村の首長は焦り立って、毎日のように村中を騒がせました。

官庁に投獄された人たちを一人ずつ呼び出しては蹴ったり、殴ったり、白状しないでいると濡れ衣を着せたりする有様です。

ある日、村の首長は川岸に集まってがやがや言っている子供たちをみました。

「うちの村の首長って駄目な人ね」
「そうだ、そうだ、泥棒は捕まえず、罪のない百姓を苦しめているじゃないか」
「ちぇっ、僕ならあんな泥棒ぐらいすぐ捕まえるんだよ、本当に馬鹿な奴ね」

溺れる者藁をも掴む思いで、村の首長はクェドンを宥めながら聞きました。

「おい、その泥棒を捕まえる方法とは一体何だい？　泥棒さえ捕まえればお前に褒美をやるから」

するとクェドンは好奇心に駆られた主張の耳元に何か囁きました。

あくる日の夕刻、村の首長は村人全員を鐘楼の前に呼び出しました。

「みんな聞くんだ、今夜、あの鐘に不思議な気運が宿ったのだ、だからもし泥棒が触れば鐘は自然と鳴るんだ、罪を恐れて触らなければ、両手が腐ってしまう、さあ、始めろ」

首長の命令に従って、村中のリャンバン、百姓みなが順番に鐘楼の中に入ったり、出たりしました。

金のことしか頭にない長者のクォン氏は妻の背中をそっと押しながら言いました。

「お前、先に触って見ないか*1、俺は暗くてよく見えないからな」

長者の夫婦は互いに後ずさりして、言い争いましたが、そのはずみに顔が鐘にぶつかりました。

幸い、鐘は黙り込んだままです。

くわばら、くわばらと長者の夫婦は飛び出しました。

リャンバンのミン氏は鐘の前にひれ伏して、両手をこすり合わせました。

「俺は百姓からは物を取り上げましたが、王様への貢物には指一本触ったことありません」

言い終えてから小指でそっと鐘に触って見ました*2。

鐘が鳴らなかったので、ミン氏は嬉しさの余り、小走りして出てくるはずみに敷居に足を取られて倒れてしまいました。

どーっと爆笑が起こりました。

ぬらりくらりと逃げ道を捜していた官庁の役員*3とその妻はやむ無く、鐘楼に入り、ひそひそと話し合いました。

「お前、どうだい、これに触れば本当に鐘が鳴るのかね」
「さあね、触らないと手が腐ってしまうというからどうしたらいいんでしょうね」
「ほら、でもな、死ぬよりは手が腐ってしまう方がましじゃないか」

こうして、村人全員が一人残らず鐘楼に出入りしましたが、鐘はずっと沈黙を守っているだけです。

最後の人が鐘楼から出ると首長は命令しました。

「今度はみな両手を揚げて一列に並ぶんだぞ」

一人一人の手を詳しく見ていた首長は官庁の役員の前で歩みを止めました。

「こいつめ、お前の手をもう一度見せてくれ、なぜお前の手はこんなにきれいなのか」
「あの、それは、僕の手はいつ見ても清らかな僕の心と同様、きれいですからね」

「掌が清いからと言って心も清いとは限らん、お前の手に墨がついていない理由を聞いているのだぞ、こいつを縛り付けろ！」

主張の言葉にびっくりした官庁の役員は傍の人たちの掌をかわるがわる見ました。

みな手に真っ黒い墨をつけていました。

「これは一体どういうことだ、しまった！騙されたんだ！」

鐘に予め墨を塗っておいたのを知る由もなかった貪欲なその役員は貢物を盗んだ罪が暴かれるのを恐れて鐘に一切触らなかったのです。

あくる日、主張は鬼の首を取ったように有頂天になってその役員を王宮に押送しました。

褒美と高い官職はもう網の鳥のようなものです。

クェドンとの約束は反故にし、それでも平気な顔です。

村人たちは苦笑いしながら言いました。

「ふん、クェドンのお陰で泥棒を捕まえたくせに、自分の手柄のように自慢しているね」
「物を盗んだ役員も泥棒だけれど、クェドンの知恵を盗んだあのやつも同じむじなだよ」

（コンテンツ―本）

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